トニー谷長男誘拐事件




【事件概要】

 1955年7月15日午後、人気タレント・トニー谷の長男で小学1年の正美ちゃん(当時6歳)が誘拐された。その後、犯人から身代金を要求する脅迫状や電話が届く。
 21日、身代金を受け取りに来た雑誌編集者・宮坂忠彦(当時33歳)はあっさり逮捕され、正美ちゃんも長野の宮坂宅で無事救出された。

※トニー谷・・・・1917年、東京生まれ。本名・大谷正太郎。成績は優秀だったが、家業を継ぐため、33年に東京府立第三中学校(現・都立両国高校)を中退、入り直した電機学校(現・東京電機大学)も中退している。これには実家は複雑で、伯父や継母などから虐待を受けるような暗い事情があったという。戦後まもなく、事務員として劇場に就職。それをきっかけとして芸能界と関係を持ち、司会業や映画出演を始める。「さいざんす」「おこんばんわ」と言った独特の語りで人気を博すが、子息誘拐事件後には仕事が激減した。88年7月16日、肝臓ガンのため死去。享年69歳。


宮坂忠彦


【涙の訴え】

 トニー谷はお笑いの世界で、当時人気を博していたボードビリアンだった。ソロバンを片手に「あなたのお名前なんてぇの?」と、独特の喋りで一躍人気者となった彼はまさにTV時代の幕開けとなった頃の代表的な1人だった。

※ボードビル・・・・歌と対話を交互に入れた通俗的な喜劇・舞踊・曲芸など。また、それらを取りまぜて演じる寄席の芸。

 1955年7月15日午後、そんなトニーの長男で小学1年の正美ちゃん(当時6歳)が、大田区新井宿の小学校からの下校途中、誘拐された。同級生の目撃証言によると、連れ去ったのは黒い服を着た中年の男だったという。

 16日午後、「身代金200万円を出せば正美ちゃんを返す」という脅迫状が速達で届いた。この脅迫状は武蔵野市吉祥寺の郵便局から出されており、その近辺を捜査したが、めぼしい手がかりは得られなかった。

 当時は報道協定というものもなく、大スターの子息が誘拐されたという事件は一斉に報じられた。
 トニー谷は記者会見の席で「正美よ、早く帰ってきておくれ」と呼びかけ、ラジオ放送でも「犯人はこの放送を聞いているだろうか。できるだけのことはするから正美を返してください」と犯人に訴えた。

 トニー邸にはマスコミや野次馬などが集まり、心無いイタズラ電話も届くようになった。トニーは心労で寝たきりとなったという。


【無事解決】

 事件から6日が過ぎ、トニー谷邸にイタズラ電話が殺到していた21日午後8時半頃、「俺は正美ちゃんを拝借中の原靖夫だ。200万円はできたか」という電話が入った。トニーは、この電話をホンモノの犯人からだと直感した。
 犯人が身代金の受け渡し場所を渋谷東宝映画劇場前に指定すると、トニ-は「俺が行く」と言って髭まで落として変装したが、警視庁捜査1課の刑事が家人に扮して犯人を待つことになった。

 夜10時ごろ、受け渡し場所に「トニー谷か」と声をかけてくる男がきた。刑事はまず近くの水屋に連れこみ、「正美ちゃんを預かっているという証拠を見せろ」と言うと、男は手にした風呂敷包みのなかからランドセル、草履袋、教科書などを出して見せた。
「取引はホームで」
 真犯人に間違いないと見た刑事は、付近を連れ歩いて共犯がいないことを確認してからハチ公銅像前で逮捕した。

 男は長野県更級郡上山田町の雑誌編集者・宮坂忠彦(当時33歳)。地元で「信州業界」という雑誌発行を計画していたが、資金がなく、アメリカで起こったリンドバーグ事件にヒントを得て誘拐を企てたのだった。
 宮坂は正美ちゃんを連れ出した後、長野の自宅に直行し、自分の息子と遊ばせていた。 正美ちゃんはまもなく、宮坂宅で寝ていたところを救助された。


【裁判】

 56年9月27日、東京高裁、宮坂に懲役3年の判決。

 57年6月4日、宮坂は上告を取り下げて、刑が確定した。


【トニー谷が失ったもの】

 トニー谷はこの事件を境に、人気を失い、次第に仕事もなくなっていった。現代のお笑いの代表格・ダウンタウンの松本人志も「トニー谷は人前で涙を見せてから、駄目になった。お笑いの人間は涙は見せてはならない」という意味のことを語っている。

 トニーは60年代終わりから、「スターと飛び出せ歌合戦」などでカムバックし、新しいギャグを披露したりしたが、すでにかつての勢いはなく、再び休養というかたちでブラウン管からフェードアウトしていった。

 87年7月16日、トニーが肝臓ガンで亡くなった時には、「マスコミのさらし者にはなりたくない」という意志から告別式は行なわれなかった。そしてよく17日に石原裕次郎が亡くなったこともあってか、驚くほどひっそりとした死だった。


リンク

ウィキペディア 「トニー谷」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%BC%E8%B0%B7


≪参考文献≫

警察文化協会 「戦後事件史 警察時事年間特集号」 
講談社 「昭和 二万日の全記録 第10巻 テレビ時代の幕あけ」
講談社 「週刊 日録20世紀 1953」
新潮社 「新潮45 06年1月号」
騒人社 「戦中・戦後五十年 忘れ得ぬあの日その時」 朝日新聞東京社会部OB会
東京法経学院出版 「明治・大正・昭和・平成 事件犯罪大事典」 事件・犯罪研究会・編
毎日新聞社 「毎日グラフ別冊 サン写真新聞 ”戦後にっぽん”10 昭和30年=1955・乙未」 


 

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