大阪・愛犬家連続殺人事件




【事件概要】

 大阪府の自称「犬の訓練士」・上田宜範(当時39歳)が、92年頃から5人を殺害、遺体を犬の訓練場として借りていた長野県塩尻市の農地へ埋めた。


上田宜範


【愛犬家の連続失踪】

 1993年10月26日、大阪市住吉区の主婦・高橋サチ子さん(47歳)が、約50万円の預金をおろしたまま失踪した。
 同年10月29日、大阪府堺市の主婦・志治信子さん(47歳)も730万円を引き出して姿を消した。

 失踪した2人の主婦は犬好きであり、やがてある犬の訓練士でつながっていることが判明した。その人物は、上田宜範(当時39歳)という男で、他にも彼の周辺で、3人の男性が失踪していることもわかった。

 1994年1月26日、上田が殺人・死体遺棄の容疑で逮捕された。

 2月に入って、上田は「高橋サチ子さんの遺体が入ったロッカーを埋めた」と自供。
 同月10日に信子さんと、瀬戸さんの遺体が、12日には柏井さんと藤原さんの遺体が掘り出された。10日には、警察庁広域重要指定「120号事件」と指定されている。


【裏切られて、欺いて】

 上田は大阪府堺市の裕福な酒店の長男として生まれている。動物が好きで、よく近所の獣医の所に遊びに行っていた。

 私立興国高校を卒業後、家業を手伝っていたが、しばらくして父親の援助を得て友人と住宅販売会社を興した。だが会社は3000万円の負債を抱え倒産。借金は父親の援助で返したが、再び興した不動産会社や車販売会社で、友人に会社の金を使いこまれ、7000万円の負債を抱えることになった。今度の借金は祖母の株売却でなんとか返済したが、この件で父親にも勘当された上田は、1988年頃に静岡県御殿場市に移り住み、長距離トラック運転手などをした。

 1990年5月、知り合いのパチンコ店の男子店員(未成年)にスナックの開店話を持ちかけ、百数十万円を受け取るが、店員に詰め寄られ絞殺する。事件は発覚せず、逮捕後「富士山麓の樹海に捨てた」と自供したが、遺体が発見されず立件は見送られた。

 この頃、野良猫を獣医に連れて行ったのがきっかけで、警察犬訓練所に出入りするようになり、シェパード犬を購入。見様見真似で訓練術も覚えた。

 まわりから借金を重ねていた上田は、知人達に「レンタカー会社を共同経営しよう」ともちかけ、出資金が数百万円集まったところで持ち逃げ。90年8月に横領容疑で銃刀法違反で逮捕。懲役1年3ヶ月の実刑判決を受けた。

 1991年3月、仮出所した上田は、知人に預けていたシェパードが自分のことを覚えていたのに感激し、犬を連れて堺市に戻った。
 この後、2匹のシェパードを連れて大和川の河川敷を散歩中に出会う愛犬家たちに、「犬の訓練士」を名乗り、ブリーダーなどを持ちかけるようになった。
 1992年5月には、犬の訓練所にする名目で長野県塩尻市洗馬地区の畑地2500uを年間2万円で借りた。


【5人】

▽瀬戸さん殺害

 上田は1992年1月まで物流会社でアルバイトをしていたが、その頃の同僚に瀬戸博さん(23歳)という男性がいた。
 上田は瀬戸さんと仕事のことで衝突しており、同年5月、犬の散歩中に偶然出会うと、「おっさん、会社の人間に俺の悪口言いふらしているらしいな」と言われ、殴り合い寸前になった。

 6月下旬の午後3時頃、上田は瀬戸さんを電話で阪和線三国ヶ岡駅近くに呼び出し、車に乗せた。そして下痢を訴える瀬戸さんに対し、「下痢止めや」と言って睡眠薬を飲ませた。
 借りていた長野県塩尻市内の農地まで車を走らせ、筋弛緩剤「サクシン」を瀬戸さんの左腕に注射して殺害。遺体をその場に埋めた。

 上田は以前、知り合いの大阪の獣医が、筋弛緩剤スキサメトニウムを子犬に注射するのを目にしていた。子犬は苦しむことなく死に、この薬物に興味を持った。
 上田はその医師から「安楽死させなあかん犬がおる」と筋弛緩剤と注射器を入手。さっそくドーベルマンに注射したところ、死亡した。 
 凶器としての筋弛緩剤の発見と、瀬戸さんへの憎しみが殺人に発展した。


▽藤原さん殺害

 大阪市東淀川区の無職・藤原三平さん(33歳)は、前妻が犬の雑誌「愛犬の友」の文通欄で上田と知り合ったことが縁で親しくなった。

 上田は夫妻にペットショップ共同経営をもちかけており、「開業資金として300万円を援助したい」と約束した。だがそれを催促されるようになると、殺害を決意し、同年7月26日に塩尻市に向かう車中で睡眠薬を飲ませたうえで、筋弛緩剤を注射して殺害した。
 

▽柏井さん殺害

 大阪市住之江区の大工・柏井耕さん(20歳)。 彼とは瀬戸さんと同じく物流会社のアルバイト先で出会った。
 上田は「犬の繁殖所、訓練所を手伝わないか?」ともちかけ、塩尻市の農地の整地作業をさせた。だがアルバイト料の支払を求められ、7月30日に殺害して埋めた。


▽高橋さん殺害

 1993年9月、上田は八尾市の一軒家に引っ越した。
 第3の被害者は住吉区の主婦・高橋サチ子さん(47歳)である。行きつけの獣医を介して1992年10月頃に知り合った。

 上田はサチ子さんに共同経営をもちかけ、犬の仕入れ代金として、貴金属や現金50万円を受け取った。それは3つのパートをかけもちし、女手ひとつで娘を育てあげながら蓄えていた金だった。
「私を騙したりしたら、犬の仕事ができなくなるわよ」
 こう詰め寄られた上田は、10月26日頃、自宅でサチ子さんを毒殺。遺体を金属製ロッカーに入れ、自分のトラックの荷台にロッカーを隠しておいた。


▽志治さん殺害

 その3日後に殺害された堺市の主婦・志治信子さん(47歳)とは1991年秋頃、出会っている。信子さんが大和川の堤防でラブラドールレトリバーの子犬を散歩している時に、「いいワンちゃんやね」と声をかけられた。

 信子さんはいたずら好きな子犬に手を焼いていたのだが、「訓練士」と名乗る上田が連れていたシェパードを手なづけているのを見て、訓練を依頼した。

 上田はまもなく家を訪れるようになり、信子さんとその夫は親しくなっていった。
 だが信子さんの犬が突然元気がなくなり、よろよろと歩くようになった。信子さんは上田に電話すると、彼はすぐやって来て、犬の首を慣れた調子で注射した。
「これで大丈夫や。朝になったら元気になってるで」
 上田はそう言って帰ったのだが、犬は翌朝に冷たくなっていた。

 上田は1ヶ月もしないうちにセントバーナードの子犬を連れてきて、信子さんは3万円を支払った。

 やがて上田は「訓練所や繁殖施設の共同経営者にならないか」ともちかけ、信子さん夫妻静岡県御殿場市にある警察犬の訓練所に連れて行った。 
 信子さんは1993年夏から秋頃にかけて預金からおろした1000万円を上田に手渡している。

 上田は繁殖場の計画がいっこうに進んでいないことに苛立った信子さんから、「私を怒らせたらしつこいよ」と詰め寄られ、殺意を覚えたという。
 信子さんをトラックに乗せ、睡眠薬を飲ませたが、信子さんは途中で目を覚まし、遺体の入っているロッカーを見つけ、「変な臭いがするよ」と騒がれたため、筋弛緩剤を注射して殺害した。


【裁判】

 1994年8月31日、上田に筋弛緩剤を渡したとして略式起訴された大阪市住吉区の獣医(当時47歳)が、罰金50万円の略式命令を受けた。

 公判が始まると、上田は「自供は警察の暴行により強要されたもの」と無罪を訴えた。

 1998年3月20日、大阪地裁、「短絡的、自己中心的で、生命への尊厳の意識が欠如した無慈悲で異常な犯行」として死刑判決。

 2001年3月、大阪高裁、控訴棄却。

 2005年12月15日、最高裁・横尾和子裁判長は「動機に酌量の余地はなく、非道かつ残忍な犯行。被害者は計5人に及んでおり、生じた結果は極めて重大であり、一、二審の死刑判決を是認せざるを得ない」上告棄却。死刑が確定した。


リンク

wikipedia 「筋弛緩剤」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%8B%E5%BC%9B%E7%B7%A9%E5%89%A4

誠文堂新光社 「愛犬の友」
http://www.seibundo.net/aitomo/


≪参考文献≫

学習研究社 「歴史群像シリーズ81 戦後事件史 あの時何が起きたのか」
角川書店 「ニッポン列島毒殺事件簿」 植松黎
社会思想社 「20世紀にっぽん殺人事典」 福田洋 
春秋社 「<物語>日本近代殺人史」 山崎哲
新人物往来社 「別冊歴史読本 殺人百科データファイル」
新潮社 「新潮45 06年10月号」
新潮社 「日本の大量殺人総覧」 村野薫
宝島社 「別冊宝島 殺人百貨店 日本人はどういう理由で人を殺すのか?」 
データハウス 「毒物犯罪カタログ」 国民自衛研究会
東京法経学院出版 「明治・大正・昭和・平成 事件犯罪大事典」 事件・犯罪研究会・編
二見書房 「日本中を震えあがらせた恐怖の毒薬犯罪99の事件簿」 楠木誠一郎
ぶんか社 「警察庁広域重要指定事件完全ファイル」
ミリオン出版 「死刑囚のすべて」
ワニマガジン社 「極悪人 世界悪漢列伝―脅威の悪人たち!」 


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