小野悦男事件




【事件概要】

 1974年7月から8月にかけて、千葉、東京、埼玉で女性が強姦されたうえ殺害される事件が相次いだ。「首都圏女性連続殺人事件」と報じられたこの事件では、足立区の清掃職員・小野悦男(当時38歳)が容疑者として浮上、別件逮捕されたが、やがて犯行を自白。しかし小野の供述にはおかしな点もあり、冤罪が疑われる事件でもあった。
 91年4月、東京高裁は小野の殺人罪については「無罪」とした。小野は16年ぶりに釈放され、「冤罪のヒーロー」として人々の涙を誘った。そんな小野だったが・・・・・。


小野悦男


【首都圏女性連続殺人事件】

 1974年7月3日夜、帰宅途中の千葉県松戸市の信用組合勤務・S子さん(19歳)が行方不明となり、8月8日に自宅近く同市馬橋の区画整理地の土中に彼女の全裸死体があるのをブルドーザー運転手が見つけた。S子さんは強姦されたうえ絞殺されていた。加害者の血液型はO型とされた。
 さらにその2日後、同じ造成地から近くの主婦H子さん(30歳)の遺体も発見された。さらに市内では1人暮らしのOLが殺害され、放火されるという事件も起こっていた。
 この頃、松戸市のほか、東京都葛飾区、埼玉県草加市などでも、1人暮らしの女性が深夜、強姦されたうえで殺害されるという事件が11件起こっていた。被害者の大半は20代で、殺害方法は暴行焼殺9件、暴行穴埋め2件と、同一犯によるものという見方が強かった。

▽首都圏女性連続殺人事件(68年〜74年の10件。被害者12人)は以下の通りである。

・68年7月13日、足立区綾瀬のテニスコート近くの草むらで、会社員の女性(26歳)が暴行後焼殺される。

・73年1月26日、東京・北区東田端のアパートで火災があり、会社員の女性(22歳)が暴行されたうえ殺害されているのが見つかる。

同年2月13日、杉並区高円寺のアパートで火災、家政婦(67歳)と男性店員(22歳)が放火により焼死。

・74年6月25日、松戸市の主婦・H子さん(30歳)失踪。

・7月3日、松戸市の信金職員S子さん(19歳)失踪。

・7月10日未明、松戸市の常磐線馬橋駅近くのアパート2階から出火、室内で小学校教員の女性(21歳)が強姦され殺害されているのが見つかる。加害者の血液型はO型。ガス栓が開けられ、放火したと見られる。

・同年7月14日、葛飾区四つ木の小料理店で火災、同店経営の女性(58歳)と手伝いの女性(48歳)が暴行されたうえ殺害される。

・7月24日、埼玉県草加市のアパートで火事。薬局店員の女性(22歳)が強姦されたうえ殺害されていた。加害者の血液型はO型。ガス栓が開いていた。

・8月6日、足立区綾瀬で火事。2階で会社員の女性(24歳)が殺害されていた。やはり強姦殺人で、棟と腹に刃物の傷。加害者はO型からB型。

・8月8日、松戸市馬橋の宅地造成地で、S子さんの遺体が発見される。

・8月9日、埼玉県志木市幸町のアパートで火災。女性(21歳)が強姦されたうえ殺害されていた。加害者はA型かAB型と見られた。

・8月10日、6月から行方不明だったH子さんの遺体が、S子さんの遺体発見現場近くから見つかった。やはり強姦殺人とされた。現金3万円入りのハンドバッグは傍に置かれていた。


 このうち葛飾区の事件では後に犯人が検挙されたが、後は未解決である。
 松戸市における連続殺人事件については、土地カンのある建設労働者ら約400人がリストアップされ、疑わしい人物が7、8人いたという。

 9月12日、別件の窃盗罪で足立区清掃作業員・小野悦男(当時38歳)が逮捕される。彼の容疑は6月初めに松戸市内のマンションからカラーテレビ、ネックレスなど50万円相当、また同所の書店から1万円相当の本29冊を盗み出したというものである。この時には、各社とも小野が首都圏連続女性殺人事件の犯人だとして報道していた。小野には放火暴行の前歴があったし、血液型もO型だったからである。また6月から8日にかけて、足立区綾瀬の工事現場で働き、7月初めには松戸市の殺人現場近くで職務質問を受けていたこともわかった。また7月10日の松戸の事件現場近くで発生した同様の手口の未遂現場で見つかった足跡は、彼のものと一致した。

 6年前の事件でさえ、小野の関与が疑われたのは、小野はいずれの現場にも出入りしていたことがあり、手口が似ているという点だった。ただ加害者の推定血液型はO型ではない事件もあり、狙われた女性も年代にもばらつきがあるため、この10件を「同一犯によるもの」と纏めるのは疑問が残る。


【小野悦男逮捕】

 小野悦男は1936年6月、茨城県行方郡北浦町で6人兄弟の次男として生まれた。兄弟はそれぞれ父親が違うという複雑な家庭で育った。小野の実父は、彼が幼い頃に死んだと聞かされ、顔も知らないという。
 小野が初めて逮捕されたのは16歳の時。無免許運転でだった。それからも窃盗、詐欺などで14回の逮捕と13回の服役を経験した。

 首都圏女性連続殺人事件が起こった74年の5月2日に網走刑務所を出所した小野は、すぐ東京に出た。東京には結婚した姉や妹、弟がいたためで、彼らの家に泊まらせてもらっていた。その後、塗装業や大工仕事を転々とし、清掃職員として働きはじめた。9月12日の逮捕時は妹に家に身を寄せていた。

 12月1日、造成地26街区西南角の側溝からS子さんの雨傘が、4日には新坂川の土手で定期入れ・財布が発見された。

 12月5日、千葉地裁松戸支部で別件初公判。

 12月9日、小野、S子さん殺害容疑で再々逮捕される。

 12月31日、千葉地検松戸支部は物証能力に乏しいと判断、処分保留、釈放とした。
 しかし、警察はスカートや下着が小野の自白によって見つかったり、それに付着していた毛髪も小野のものと類似しているという鑑定結果から、殺人・死体遺棄容疑で再逮捕した。

 警察のS子さんの私物、また小野関与の物証探しは続けられていた。
 翌75年1月21日、下水溝からS子さんのスカートの紐が見つかる。
 さらに2月10日、その下流でS子さんのサロペットスカートや靴、下着類が雨合羽のズボンのに詰めこまれた状態で発見された。

 調書によると、小野は帰宅途中のS子さんに刃物をつきつけて脅し、建設中のマンションに連れこんで乱暴した。その後、一緒に外に出たが、S子さんが助けを求めて駆け出したため、腕で首を絞めて殺害したという。
 S子さんの着衣は雨合羽のズボンに詰めこんで、マンホールから、あるいは下水道に直接投げ入れた。この発見は小野起訴の決め手となった。

 3月12日、小野、S子さん殺しで起訴される。小野の身柄は拘置所に移された。

 3月、「小野悦男さん救援会」が結成される。「近田才典さんを守る会」(大森勧銀強盗殺人事件の支援団体)、「虚構解体活動者会議」のメンバーなどが参加していた。
「小野さんは代用監獄で自白を強要された」
 彼らはそう主張した。
 79年6月、「でっちあげ 首都圏連続女性殺人事件」(社会評論社)を出版。

 75年6月6日、第3回公判。S子さん殺人事件について、検察側は証書120通、証拠物38点を提出。

 86年9月4日、千葉地裁松戸支部で判決公判。裁判長は「被告の自白は信用できる」と無期懲役を言い渡した。

 しかし91年4月23日、東京高裁・堅山真一裁判長は自白調書について、「捜査当局は被告を代用監獄である警察留置場に拘置し、自白を強要しており、任意性は認められない」と証拠能力を否定。窃盗罪のみ有罪を認定して「懲役6年、未決勾留日数を刑期に満つるまでの分を算入する」と、一審の無期懲役を破棄した。主文が読み上げられた瞬間、傍聴席からは拍手が起こり、廊下からも法廷に入りきれなかった支援者の拍手の音が聞こえてきた。

 こうして小野は16年ぶりに釈放となった。インタビューで小野は「体の不自由な母の世話をしてやりたい」と語り、人々の涙を誘った。マスコミ各社はお詫びの記事を掲載した。
 この後の小野は代用監獄制度や自白偏重捜査を批判する集会に出席し、自身の経験を語るなどしていたが、翌年またも窃盗をはたらき逮捕され、2年間府中刑務所で服役している。


【冤罪のヒーローから殺人者へ】

 高裁判決から5年、96年1月9日午前9時45分頃、「足立区六月町の駐車場にマネキンのような黒い物がある」という通報があった。署員がやって来ると、その黒い物は布団にくるまれた女性の首なし焼死体だった。遺体の陰部は切り取られており、パジャマを着ていた。近所の人によると、この駐車場では6日夜から7日未明の間に何かが燃えているのが目撃されていたという。

「小野さんと同居していた女性の姿が最近見えない」
 まもなく、出所して平穏に暮らしているはずの小野の近くに住む人はそう証言した。
 しかし、警察はなかなか手が出せなかった。下手に接触すれば、支援者を中心に再びバッシングを浴びる恐れがあったからだった。このため布団に付着していた体液との照合のために、捜査員は廃品回収業者や日雇い労働者に扮して、小野の吐いた唾液を採取しようとマークし続けた。

「国から大金をせしめたんだ。何年だって飲んでいられる」
 飲み屋でそう話す小野の姿がそこにあった。

 さらに4月21日、都内の公園で遊んでいた女児(当時5つ)が男に首を絞められ失神するという事件があった。男は「もっといい公園に連れていってあげるから自転車に乗りなさい」と別の公園に連れて行った後、いたずらしたという。
 26日、目撃証言から、少女殺人未遂の容疑で小野が逮捕される。小野は犯行を否定していたが、同じ頃、小野の首なし焼死体に付着していた体液と小野のDNAが一致していた。

 5月1日、足立区一ツ家の都営東栗原住宅の小野の部屋の裏庭から腐敗した頭部と切断につかったと見られるノコギリが発見される。切り取られていた陰部は冷蔵庫の冷凍室に入れられていた。
 もはや小野に言い訳はできなかった。支援者たちは裏切られた結果となり、彼の元を離れていった。

 焼死体は茨城県出身の女性(41歳)で、家出をしてきて足立区内の公園で偶然小野と知り合い、同居するようになったという。
 ところが、1月5日に小野は家事をしない女性と口論となり、頭を物で殴ったところ死亡したため、リヤカーでゴミ類と一緒に駐車場へ運び、火をつけて頭部を切り取ったという。


【裁判】

 98年3月27日、東京地裁で無期懲役判決。

 99年2月9日、東京高裁で控訴が棄却され、刑が確定。

 この事件が起こって、「70年代に首都圏で起こったあの殺人事件群のなかには、やはり小野による犯行もあったのではないのか」という疑いも残るが、これはもう明らかにされることはないだろう。


リンク


≪参考文献≫

アスペクト 「特集アスペクト38 実録 戦後殺人事件帳」
岩波書店 「誤報 ―新聞報道の死角―」 後藤文康
共同通信社 「共同通信社会部」 共同通信社会部・編
KKベストセラーズ 「法廷絵師は見た!」 大橋伸一 
現代評論社 「現代の眼 79年9月号 特集獄舎に無実を叫ぶ人びと」 
三一書房 「無実 冤罪事件に関する12章」 後藤昌次郎・編
社会思想社 「20世紀にっぽん殺人事典」 福田洋 
社会評論社 「でっちあげ 首都圏連続女性殺人事件」 小野悦男
新人物往来社 「別冊歴史読本 殺人百科データファイル」
新人物往来社 「別冊歴史読本 新・殺人百科データファイル」
新潮社 「裁判官が日本を滅ぼす」 門田隆将
青年書館 「戦後殺人事件 謎の真相記」 社会問題研究会
大洋図書 「日本震撼事件 戦後殺人ファイル100」 日高恒太朗
宝島社 「別冊宝島 戦後未解決事件史 ―犯行の全貌と『真犯人X』―」
宝島社 「日本の『未解決事件』100」
宝島社 「別冊宝島 猟奇事件ファイル 【悪魔と呼ばれた人間たちの犯罪履歴書】」
創出版 「創 96年10月号」 
創出版 「報道被害 11人の告発」
東京法経学院出版 「明治・大正・昭和・平成 事件犯罪大事典」 事件・犯罪研究会・編
日本評論社 「法学セミナー増刊 日本の冤罪 シリーズ[新・権利のための闘争〕」 
ワニマガジン社 「極悪人 世界悪漢列伝―脅威の悪人たち!」 


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