練馬・一家5人惨殺事件 




【事件概要】

 1983年6月28日、東京都練馬区大泉学園町の白井明さん(45歳)方で、林間学校で不在だった長女A子さん以外の一家5人を殺害した朝倉幸治郎(当時48歳)が現行犯逮捕された。朝倉と白井さんは家の立ち退きをめぐり、4ヶ月前からトラブルとなっていた。


朝倉幸治郎


【白井さん一家について】

 練馬区大泉学園町

 事件当時、洋書販売会社勤務・白井明さん(45歳)、妻・幸子さん(41歳)、長女・A子さん、次女・朋子ちゃん(9歳)、三女・昌子ちゃん(6歳)、長男・正利君(1歳)の6人家族だった。


【朝倉について】

 1935年、秋田市に生まれる。地元の高校から日本大学法学部を卒業。ちなみに朝倉の学力は芳しいものではなく、大学は父親が手をまわして裏口入学させている。
 その後、朝倉は帰郷して父親の経営する会社に就職している。

 1959年、父親が死亡。父親の入院中に遺産の分配が行われたが、兄弟間で争いが絶えなかった。またこの年、朝倉は結婚している。
 1961年9月10日、朝倉は実弟を包丁で切りつけ、殺人未遂で逮捕された。やはり遺産に関してのもので、弟は左目を刺され失明したという。

 朝倉は懲役3年の判決を受け、服役後は妻と子供の待つ東京に移り、人生をやり直そうと不動産販鑑定所に就職した。1970年、40歳にして不動産鑑定士の資格を取得。学生時代は成績の悪かった朝倉にとって一発奮起の努力をしたのではないだろうか。そして1976年、独立。
 1983年2月、朝倉は不動産取引については素人同然だったが、練馬の2階建ての競売物件を1億600万円で手を出した。白井さん宅である。土地は624uで、建物は1、2階を合わせて約130uあった。朝倉は住人がいても、当時、立退き料の相場は500万円ほどだったので、利ざやが取れると考えていた。そうして自宅など全財産を担保に入れて、金融機関から約1億6000万円を借りた。落札後、新宿の不動産業者に1億2950万円で売ることが決まった。内金として1500万円を手に入れたが、引渡しの期限は6月30日。契約不履行の場合は、3000万円の違約金を払わなければならなかった。借金の金利は毎月100万円近い。それでも計画通りにいけば、1000万円以上は稼げるはずだった。


【殺意】

 だが、朝倉の目論みが当初とは違った方向に動く。白井さんは立ち退きに応じなかったのだ。朝倉が物件の引渡しを求めて提訴すると、白井さんは「引き払うから訴訟を取り下げて欲しい」と頼んだ。だが、裁判をやめると白井さんは約束を反故にした。

 白井さんが立ち退きを拒否していたのは義父の事情だった。白井さん宅は義父のもので、事業に失敗して競売にかけられていたのである。それで娘夫婦にこの家に住まわせ、立退き料をつりあげようとしていたらしかった。

 迫る引渡し期限、朝倉はあせっていた。このままでは自身が借金で破産してしまうのである。朝倉は3日に1回は白井さん宅を説得に訪れるのだが、門前払いされるだけだった。
 5月末頃から、杉並区に住んでいた朝倉は立ち退き交渉しやすくするために、白井さん宅近くに家賃10万円ほどのアパートを借り、自動車も購入、免許取得のために自動車教習所にも通っている。破産の恐れがあるため当然だろうが、ものすごい執念だった。

「破産する」
 30日が近づくにつれて、朝倉は白井さん一家に殺意を強めた。


【犯行の日】

 6月27日午後2時45分頃、朝倉はバッグを抱えて白井さん宅に到着した。バッグの中には金づち2本と着替えのジャージが入っていた。
「主人がいませんので、私には分かりません」
 応対した幸子さんはそう言った。
「ここは私のものだ!一体、いつ立ち退くんだ」
 朝倉は声を荒げたが、幸子さんはそれに応えず、奥のリビングに下がってしまった。朝倉は幸子さんの後を追い、家の中にあがりこんだ。リビングには正利君、昌子ちゃんもいたが、朝倉は子供たちの目の前で幸子さんを金づちで何度も殴って殺した。この様子に驚いた正利君が泣いて母親のもとに駆け寄ったが、朝倉はまだ1歳の正利君にまで手をかけた。続いて、恐怖で凍りついていた昌子ちゃんも金づちで殴った後、両手で首を絞めて殺害している。
 3人を殺害した朝倉は遺体を浴室まで運び、リビングなどに飛び散った血を雑巾で拭き取っていた。

 午後3時、次女の朋子ちゃんが帰宅。リビングにいた朝倉は「お姉さんはいつ帰るの」と訪ねた。朋子ちゃんは「遠足で、明日の夜、帰ってくる」と答え2階にあがろうとした。朝倉は朋子ちゃんの前に立ちふさがり、首を両手にかけ体を吊り上げた。さらにぐったりしたところを掃除機のコードで締め、絞殺した。
 その後、朝倉は朋子ちゃんの遺体も浴室に運び、被害者の衣服を包丁で剥ぎ取った。

 午後9時半頃、白井さんが帰宅。リビングのソファには朝倉が座っており、彼は白井さんの姿を見るや、すっと立ちあがった。
「こっちは事態が切迫しているんだ」
 朝倉が怒鳴ると、白井さんも身構えたが、朝倉は白井さんの腹部を殴り、首めがけてマサカリを振り下ろして殺害した。例によって、朝倉は遺体を浴室に運び、バスタブの中に家族を積み重ねた。
 その頃には午後10時となっており、朝倉は翌午前4時半すぎまで仮眠をとっている。
 目覚めた朝倉は車のトランクから骨すき包丁、ノコギリ、ビニール袋と、そして電動肉挽き器を持ってきて、パンツ1枚の姿で白井さんの遺体の切断を始めた。遺体を細かくして富士の樹海に遺棄するためである。損壊した遺体の一部はトイレに流したり、ゴミ袋につめたりして彼の”作業”が終わったのは午前6時半頃だった。
 次に幸子さんと正利君の遺体のバラバラ作業を始めようとしたが、刃先が欠けてうまく切断できなかった。疲れた朝倉はここで休憩することにした。

 午前9時ごろ、白井家の隣家の主婦が勝手口から中をのぞき、様子がおかしいことに気がついた。通報で石神井署の警察官が駆けつけ、朝倉はあっさりと現行犯逮捕された。


【逮捕後】

「自分は正常です。一貫して、心境に変化はありません。白井の奴は、骨まで粉々にしてやりたかった。妻と子供を殺したのは、かわいそうだったと思います」


【裁判】

 1985年12月20日、東京地裁、死刑判決。

 1990年1月23日、東京高裁、控訴棄却。

 1996年11月14日、最高裁、上告棄却、死刑確定。

 2001年12月27日、東京拘置所において刑執行。享年66。


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≪参考文献≫

アストラ 「あの事件を追いかけて」 大畑太郎 宮崎太郎
アスペクト 「実録 戦後殺人事件帳」
王国社 「東京の事件 都・市・型・犯・罪・の・ゆ・く・え」 朝倉喬司
講談社 「殺人と犯罪の深層心理」 福島章
彩図社 「判決から見る猟奇殺人ファイル」 丸山佑介
社会思想社 「20世紀にっぽん殺人事典」 福田洋 
春秋社 「<物語>日本近代殺人史」 山崎哲
新人物往来社 「別冊歴史読本 殺人百科データファイル」
新潮社 「週刊新潮 04年9月2日号」 →「秘録『警視庁捜査一課』の75年 練馬一家5人惨殺事件」
新潮社 「新潮45 06年10月号」
新潮社 「日本のバラバラ殺人」 龍田恵子
新潮社 「日本の大量殺人総覧」 村野薫
水声社 「犯罪地獄変」 犯罪地獄変編集部編
大洋図書 「日本震撼事件 戦後殺人ファイル100」 日高恒太朗
宝島社 「別冊宝島 殺人百貨店 日本人はどういう理由で人を殺すのか?」 
宝島社 「別冊宝島 死刑囚 最後の1時間」
東京法経学院出版 「明治・大正・昭和・平成 事件犯罪大辞典」 事件・犯罪研究会・編
双葉社 「増刊週刊大衆7月11日号 現代犯罪百科」
毎日新聞社 「シリーズ20世紀の記憶 かい人21面相の時代 山口百恵の経験 1976-1988」
ミリオン出版 「別冊ナックルズ 昭和三大事件」 
洋泉社 「犯罪の向う側へ 80年代を代表する事件を読む」 朝倉喬司VS山崎哲


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