子殺しの旅事件




【事件概要】

 1973年12月28日夜、高知県高岡郡中土佐町の旅館で、母親が子供3人を次々と殺害、残る長女を殺そうとしたが泣きつかれて未遂に終わり、朝になって自首した。


母親K子


【母子5人、旅の果て】

「子供3人を殺しました」
 1973年12月29日午前7時半ごろ、高知県高岡郡中土佐町の県警須崎署久礼幹部派出所に女が自首してきた。

 近くの旅館の客室では話の通り、幼い子供3人が布団の中で死亡していた。女には4人の子供がいたが、長女(当時6歳)だけは無事だった。

 女は横浜市戸塚区のバス運転手(当時34歳)の妻K子(当時29歳)である。
 12月8日、K子は夫からもらったボーナス12万円を持って、釧路を船で往復して金を使い果たし、夫と喧嘩となって子供4人を連れて家を出た。おそらくは行くあてなどはなかったのではないかと見られる。その数日前にも家出したが、この時は晩になって帰ってきていた。

「主人は週末に外泊することが多く、普段からおもしろくなかった。今の収入ではとても暮らせないので、無理心中を図ろうとした、はじめは子供に名札をつけて駅ごとに降ろし、自分は山に入って焼身自殺するつもりでいた」

 事件後にそう話したK子と子供4人は、フェリーに乗って高知県へとやって来た。高知駅前のホテルに一泊し、翌日はバスで高岡郡窪川町(現・四万十町)まで行った。K子はここで高知市に引き返そうとしたが、終点が中土佐であったため、この町の旅館に泊まった。

 12月28日午後10時ごろ、旅館2階の6畳間の布団の中で寝付いたばかりの三女(3つ)、次女(4つ)、長男(5歳)を順番に持っていたスカーフで首を絞めて殺害。残るのは長女だけだった。
「お母ちゃん、殺さないで!」
 長女は泣いてこう叫んだ。K子は仕方なく、泣き疲れて寝てから殺害して自分も死のうと思ったが、怯えた長女は眠らず、そのまま夜が明けて自首した。

 現場の一室には布団3枚がきれいに並べられ、手つかずのショートケーキや怪獣のお面が残されていた。


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≪参考文献≫


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