歌舞伎町ラブホテル殺人事件




【事件概要】

 1981年6月14日、新宿・歌舞伎町のホテル2階の一室で、若い女性が全裸で仮死状態になっているのを従業員が発見、女性はまもなく死亡した。女性は埼玉県川口市の工員(17歳)と判明
 この年、3月から歌舞伎町のホテルで同様の事件が他2件起こっていたが、いずれも時効が成立している。


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【歌舞伎町ラブホテル殺人事件】

 歌舞伎町のラブホテルを舞台にした、3つの未解決事件がある。1981年のことである。

 まず3月20日午前10時頃、新宿駅に近いラブホテル「ニューエルスカイ」で、女性が首を絞められて殺されているのが発見される。ホテルの部屋に残された名刺から歌舞伎町のホステスA子さん(自称33歳)と判明する。勤め先のキャバレーの履歴書が調べられると、大阪府此花区出身と書かれていた。

 つづいて同年4月25日、歌舞伎町2丁目の「コカパレス」2階の客室で身元不明の若い女性B子さんが殺された。彼女の身元はついにわからなかった。

 同年6月14日(日曜日)午後7時50分、ラブホテル「東丘」で埼玉県川口市の工員C子さん(17歳)が犠牲となった。

 この3女性それぞれの同伴者は、A子さんは若い男、B子さんは3、40代のサラリーマン風の男、C子さんは30〜35歳くらいの丸顔に黒ぶちメガネのサラリーマン風の男だった。
 1996年3月から6月にかけて、いずれの事件も時効が成立している。


【出奔主婦】

 A子さんはもともと埼玉県所沢市の主婦だった。自称33歳ということだが、その死後、彼女のアパートが調べられると年齢は45歳とわかった。
 
 A子さんは神戸市長田区出身。中学卒業後、地元の会社で働くが、22歳で上京。キャバレーなどで働き、店で知り合った男性と同棲を始める。男性は妻子ある身だったが、協議離婚し、A子さんとの間に男の子が生まれた1年後に入籍した。

 夫はもともと自動車販売会社に勤めていたが、不動産セールスマンに転職。転職によって稼ぎが減ったためか、A子さんは再び水商売で働き始めている。そのうち喘息の持病がある夫はで家で寝ていることが多かった。A子さんはそんな夫とやはり病弱な当時7歳の息子を置いて「蒸発」していた。これが事件の6年前のことである。
 残された夫は「家出人さがし」のTV番組に出演するなどして妻を探していたが、やがて夫も死亡。悪いことは続くもので、その翌年には神戸の実家に引き取られていた息子が先天性心臓疾患のため亡くなっている。夫と子供の死を知ったのは、事件前年の6月に実家に帰った時のことである。これを聞いて、A子さんがどんな風に思ったのかはわからないが、まるで呼び戻されるかのようにまたすぐに東京へ戻っていった。

 家出してからのA子さんは都内渋谷や新宿のキャバレーやサロンを転々としていた。事件当時勤めていた店の同僚などによると、A子さんは店内で客と売春の話がまとまらなかった時は、大久保公園近くに立って客引きをやっていたのだという。

 そして事件当日を迎える。
 午前1時10分頃、A子さんは若い男と一緒に現場のホテルに入った。部屋は401号室。午前7時頃、まず男がホテルを出る。従業員によってA子さんの遺体が発見されるのがその3時間後のことである。

 30代も終わりの年齢で家庭を捨てたこの女性は、生きていくために身体を売っていた。
 彼女の死後、アパートが調べられた時、天井裏と衣装ケースからそれぞれメモが発見されたが、それには夫と子供の名前と命日が記されていた。また利用していた貸し金庫には子供の写真や夫のネクタイピンなどが大切そうに保管されていた。この他、1000万円の定期預金証書があったが、これは子供の手術代のため、コツコツと貯めていたものだったのだろうか。


【都会へ】

 4月に殺害されたB子さんについては、詳しくはわかっていない。なぜなら衣類を含めて彼女の所持品がほとんど持ち去られていたからだった。遺留品は十字架のイヤリング、サンダル、たばことライターぐらいで、衣類なども持ち去られていた。年齢については20〜25歳くらい、身長157cm。

 作成された似顔絵などをもとに、捜索願の出ている家出人が調べられ、「うちの娘では?」と確認に来た人もいたが、該当者はあらわれなかった。

 彼女は歯並びが悪く、虫歯の治療痕も多くあった。首都圏一帯に歯科医院のカルテが調べられたが、こちらも収穫はなかった。

 気になる点として、監察医は「肺の内部が非常にきれい」と書き添えていた。つまり空気がきれいな、都市部ではないところで生まれ育ったのではないかと見られたのである。このため警察では台湾人女性ではないかと見られたが、手がかりはなし。

 B子さんは夜9時頃に男とホテルに入った。その1時間後、男がホテルを出たが、金は払わなかった。不審に思った従業員が203号室に電話を入れたが応答がないため、様子を見に行くと浴衣姿のB子さんが死んでいるのを発見した。首にはパンティストッキングが巻かれた痕があった。

 どこか遠い地方から上京してきた若い女性。そんな女性が行方知れずとなっても、家族が探している様子がない。彼女は確かに生き、歌舞伎町のラブホテルにたどり着いたのに、彼女の生きた証はわずかな所持品だけだった。最期はやはりふるさとの風景が去来したのかもしれない。


【夢見る17歳】

 第三の事件では、現場のホテルの一室に「朝子ニューヨークへ翔ぶ」という本が残されていたが、これは埼玉県川口市立図書館の本で、貸出者からC子さんの名前は判明する。

 この第三の被害者は川口市に住む少女で、会社員の父親と、母親、それに8歳下の弟が一人いた。C子さんは中学校は演劇部、本や文章を書くのが好きな生徒で、成績もトップクラスだった。
 文科系少女は市内の川口市立女子高に進んだあたりから変化を見せる。髪を染め、化粧をし、暴走族と関わったりもした。竹の子族として原宿をたむろし、新宿のディスコで酒やタバコ、シンナーなどをやって補導されたこともある。1年の学期末には万引きが発覚し、退学している。遊び人風だが、素直な少女であったという。タレントになるという夢を持っていた。

 C子さんは事件当日の午後4時半まで埼玉県蕨市の婚約者(当時18歳)と一緒に過ごしていた。婚約者もまた高校を1年で中退していて、当時はガソリンスタンドで働いていた。まだ若いと言っても、互いの親が「結婚をさせよう」と思うくらいに仲は進展していた。
 この日、2人でビリヤードをやり、買い物をしたりしていたが、午後4時半頃になってC子さんが「家に帰る」と言って、蕨駅前で別れた。

 歌舞伎町のラブホテルで彼女が発見されるのはそれから3時間後のこと。死因は絞殺で、首にはパンティストッキングが巻かれ、手足をロープで縛られていた。検死の結果、彼女の血液からはごく微量の覚せい剤、そして胃からは200ccのコーヒーが検出された。コーヒーを飲んだのは死亡2時間前のこととされ、彼女が新宿に着いてまもなく時刻となる。

 午後6時35分頃、C子さんは歌舞伎町のラブホテルにサラリーマン風の男と同伴で投宿した。部屋は「箱根の間」。午後7時40分には男が「帰る」と電話して、ホテルの従業員2人が部屋に向かうと男とすれ違った。

 ホテルの従業員の証言によると、ホテルに入ったのが午後6時半のことで、ほぼ1時間後の午後7時40分には男の声で「これから帰る」という電話がフロントにかかった。たまたま通路を通っていた部屋係の人が、小走りに部屋から出てきたスーツ姿の男を見て、不審に思ったことから室内をのぞいてみるとストッキングを首に巻きつけられて横たわるC子さんを発見した。この時、まだかすかに息はあったが、午後8時55分頃に搬送先の病院で死亡している。

 1年半近くの付き合いになる恋人との交際も順調で、この日も機嫌よく別れていた。それなのに、その数時間後にはなぜか別の男とホテルに入っている。誰かと待ち合わせたとも思えない。新宿に着いてすぐに、行きずりの男と会い、ラブホテルに入った。
 事件前日の夕方、C子さんは「演劇関係に詳しい人と知り合ったのよ。ひょっとして私もタレントになれるかもね」と話していたという。


【赤い車と二人の少女】

 ラブホテルではないが、歌舞伎町を舞台にした未解決事件がある。一連の事件の1年後、1982年6月の事件である。

 6月6日、家出中だった品川区白金台の女子中学生・M子さん(14歳)と茨城県在住の友人X子さん(当時14歳)の2人は、新宿・歌舞伎町のディスコ「ワンプラスワン」で午前4時ごろまで踊っていたが、閉店後、近くのゲームセンターで声をかけてきた若い男と出会った。男と少女たちはファーストフード店でお茶を飲み、そのうちにドライブに誘われた。

 男の赤いスポーツカーは千葉方面に向かっていた。M子さんが助手席、X子さんは後部座席に乗っていたが、X子さんは遊び疲れたのか、いつのまにか眠ってしまった。
 
 X子さんが目を覚ますと、車は山中に停められており、2人はいなかった。そこに男が戻ってきて、X子さんに「散歩しよう」と言ってきて歩き始めたところ、突然顔を殴られ、後ろから首を絞められて失神した。

 2人が連れて来られたのは千葉市横戸町の花見川サイクリングコースだった。
 X子さんが意識を取り戻した時、M子さんはすでに殺害されていた。X子さんは泣きじゃくりながら歩いているところを近くの人に保護された。
 M子さんは押し倒されており、顔は全面紫色、両足のアキレス腱と首の頸動脈が切られていた。乱暴しようとして抵抗されたので殺害したように見られたという。その後、現場近くで2人の首を絞めたと見られるゴムホースと、果物ナイフが見つかっている。

 M子さんは前年12月初め、茨城県古河市から品川区に引越し、区立高松中学校に通っていた。両親は早くに離婚しており、ずっと茨城の祖母に育てられていたが、東京の母親と暮らすようになったからである。ところが5月末に家出をして、X子さんに会いに古河市まで行き、2人で一緒に家出した。

 X子さんが目撃した男は25歳前後、身長170cmぐらい。小豆色の大型のスポーツカー(品川ナンバー)に乗っており、髪は首まで伸びたパーマ(当時流行のいわゆる「俊ちゃんパーマ」)、ツートンカラーのポロシャツ、そしてサングラスをかけていた。「俺は大学生」「姉と2人暮らし」と話していた。X子さんはこの男に対して「陰気」という印象を持ったという。モンタージュ写真が作成されたが、、手がかりすら浮かばず。結果的には1997年6月6日に時効を迎えた。

 犯人は大学生を自称し、品川ナンバーの車を乗り回していた。実家住まいで、裕福な家庭の息子、という想像ができる。今頃は普通のサラリーマンという顔をして街を歩いているのかもしれない。


リンク


≪参考文献≫

王国社 「東京の事件 都・市・型・犯・罪・の・ゆ・く・え」 朝倉喬司
シーズ情報出版 「歌舞伎町未解決事件」 
秀英書房 「続 犯罪風土記」 朝倉喬司
春秋社 「〈恋愛〉事件 PART2 浮遊する性」 山崎哲 芹沢俊介


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