勉強の悩み、教育熱殺人



68年12月25日 下関市・浪人生の母親刺殺事件

 山口県下関市の農林省水産大学助教授(当時46歳)方で、長男A(当時19歳)が母親(40歳)を包丁で刺殺した。

 Aは一浪して、北海道大学工学部をめざしていたが、事件数日前から様子がおかしくなった。夜も眠らず、作文を書いたり、人生について懐疑的な質問をするなどした。父親はそうした奇行を察していたが、自身も浪人の辛さを知っているため、そっとしておこうとした。
 事件当日の朝、Aは台所でノートや参考書を燃やしていた。気づいた母親は止めに入ったが、刺殺された。Aは父親にとりおさえられた後、「僕の胸のうちを知って欲しい」と叫んでいた。



72年9月4日 厚木市・16歳の母親殺害事件

 朝、神奈川県厚木市の県営住宅に住む高校2年・A(当時16歳)が、自宅勉強部屋で「家出しないで勉強しなさい」と言った母親(44歳)を絞殺。
 
 Aは1年の2学期頃から成績が落ち始め、母親が激励していたが、なかなか成績は上がらなかった。
 母親は勉強の行き詰まりでノイローゼ気味になった息子のために庭にプレハブの勉強部屋建ててやったりもしたが、Aにとってはそうした「うっとうしい」母親から逃れるために家出をくり返し、3日にも家を飛び出していた。



74年12月26日 長野・サインペン爆弾事件

 長野市吉田の県立吉田高校で、生徒が拾ったサインペンの爆発により指の骨を折る。さらに開けると発火するマッチ箱を拾った別の生徒1人も手に軽いやけどを負った。

 75年2月1日、長野中央署が同校3年のA(当時17歳)に任意出頭を求めて追求したところ、「僕がやった。大学に行くのがいやで、警察に捕まれば進学せずにすむと思った」と犯行を認める。Aは1月27日に県警本部に110番通報して「吉田高校事件の犯人は僕だ。自首するにはどうすればいいか」と話していた。



75年7月11日 埼玉・母親の娘絞殺、自殺事件

 午前6時ごろ、埼玉県川口市青木町の病院から「交通事故で入院していた患者が死んだ」と川口署に届けがあった。

 死亡したのは市内の会社員の長女で日本女子大付属中学1年のM子さん(12歳)。M子さんは1日午後に自転車に乗っているところを乗用車にはねられ左胸と左足を骨折、全治3ヶ月の重傷を負い、この病院に入院していた。
 同署で死因が調べられたところ、交通事故に関係するものではなく、窒息死とわかった。これを母親A子(39歳)を追及したところ、「寝巻きの紐でM子の首を絞めて殺害した」と自供した。A子は娘の入院後ずっと付添っていたが、「治療が長びき、このままでは勉強が進まず、M子の将来が不安でたまらなかった」と供述。

 まもなくA子は留置場で持ちこんでいたチリ紙を鼻と口に詰めて自殺している。



75年9月5日 越谷・高校生の祖母殺し

 日頃からクラスメイトに”がり勉”とからかわれ、不登校になっていた埼玉県越谷市の県立浦和工1年男子のA(当時15歳)が、登校するように注意した祖母を殺害。死体を3日間洋服ダンスに隠した。



75年11月14日 仙台・主婦の隣家の女児殺害事件

 仙台市岩切に住む会社員の妻A子(当時39歳)には当時中学3年と高校3年の息子がいた。息子たちは毎日頑張って受験勉強をしているのに、遅くまで大声で歌ったり笑ったりしている隣のB子ちゃん(4つ)に腹がたっていた。
 B子ちゃんは平屋の棟割住宅の隣に住んでいたが、ここは厚さ5cmほどの土壁で仕切られているだけであり、ちょっとした物音も聞こえるほどだった。

 事件当日、A子はアルバイト先の工場を早退、家で酒を飲んでいた。昼過ぎ、買い物に行こうと家を出ると、家の前でB子ちゃんに会い、殺害を思いついた。B子ちゃんにキャラメルや飴玉を買い与え、空き地まで連れ出してから、道端に落ちていたビニール紐で首を締めた。B子ちゃんは午後6時ごろに家族から捜索願が出されており、まもなくA子が交番に自首した。

※「教育ママの殺人」と報じられたこの事件であるが、A子が昼間から酒を飲むような人間であること、高校3年の息子は卒業後就職する予定であり、中学生の息子の方も今の成績でも充分合格できる私立高校を目指していたことなどから、「受験勉強の邪魔」といった動機は偽りだったという。「新潮45 07年3月号」によると、地元の記者は「教育ママの殺人」という風には書かなかったが、東京本社が勝手に”教育ママの悲劇”に仕立てあげたとしている。



78年7月30日 板橋区・予備校生の父親殺害事件

 東京・板橋区の自宅で、予備校生の長男(当時18歳)が父親(49歳)を殴り殺す。「ここ2、3日は暑さで勉強が手につかずイライラしていた」と供述。



79年1月14日 世田谷・朝倉少年祖母殺し

 正午頃、東京・世田谷区砧の自宅で、私立早稲田大学高等学院1年の朝倉泉(16歳)が祖母(67歳)を殺害。自身も2kmほど離れた14階建てのビルから飛び降りて自殺した。詳細



79年2月16日 愛媛・中3女子の”成績妬み”中学校放火事件

 未明、愛媛県西宇和島郡三崎町二名津(現・伊方町)の町立二名津中学校から出火、校舎1棟が全焼した。火元は職員室付近と見られる。

 さらに3月3日、同町の大工Uさん方の玄関先に灯油がかけられるという事件があった。Uさん方は2月にもオートバイや障子を焼く不審火があり、連続放火事件として捜査を進めていたところ、残されたサンダルの足跡から、Uさんの次女の同級生で、二名津中3年のA子(当時15歳)が犯行を認めた。
 A子は学校放火についても認め、動機について「騒ぎになれば、友達(Uさんの娘)がしばらく勉強できなくなると思った」と話した。

 A子はクラスでトップクラスの成績だったが、3年になってやや下がっていた。小学校からの友人に試験の点数が負けたことを悲観、答案を焼いてしまおうと中学校に侵入しようとしたがカギがかかっていたので、灯油を染込ませたタオルを投げ入れて火をつけたという。



79年5月3日 大阪・学習塾放火事件

 大阪市南区で、中学3年の男子生徒が「塾に行きたくない」と学習塾に放火。生徒も全身やけどで翌日死亡した。



80年3月3日 品川区立荏原三中放火事件

 未明、品川区一葉、区立荏原三中学2階から出火、職員室を全焼させ、その隣りの部屋や階下が水浸しとなった。職員室の机は開けっぱなしになっているなど、物色した跡があった。同校では3日、4日と期末試験が行われれる予定だったが、3日は臨時休校となった。
 
 4月7日、同校3年の男子生徒3人が放火容疑で補導される。3人は停車中のバイクから盗み出したガソリンをコーラの瓶に入れ、校舎隣りの神社に隠しておいた。同夜、そのうち2人は以前に盗んでいた合鍵を使って学校に侵入、火をつけたが、思いのほか火の勢いが強かったため、髪の毛やジャンパーを焦がしながら逃走した。
 動機について、「このままでは進級できそうにないので、期末試験をぶち壊そうと思った」と供述している。



80年3月16日 長野・母親の中2長女殺害事件

 午後4時ごろ、長野市篠ノ井に住む飲食店経営・A子(当時39歳)が、自宅で中学2年の長女(14歳)の口を塞ぎ窒息死させる。
 A子は10年ほど前に離婚して、祖母と娘の3人暮らし。殺された長女はこの頃、素行不良の生徒と付き合いはじめ、勉強もしなくなった。そしてこの日、帰宅した長女にA子が「勉強しないとだめでしょ」と注意したところ、「うるせえなー」と反抗したため、カッとなったA子が近くにあった座布団で口を塞いだ。



80年11月29日 川崎・浪人生金属バット親殺し

 川崎市高津区の住宅で、一柳幹夫さん(46歳)と妻の千恵子さん(46歳)が血まみれで死んでいるのが発見された。翌日になって、犯行を自供し始めたのは一柳さんの次男で浪人生の・一柳展也(当時20歳)だった。詳細



81年3月9日 横浜・母親の息子殺害、自殺事件
 
 前年9月から不登校が続いていた横浜市の中学3年の息子を、母親が絞殺。母親はその直後、首吊り自殺。



82年7月21日 奈良市・21歳男の姉殺害事件

 奈良市のAが、就寝中の姉を斧で殺害する。
 Aの父親は日展に30回も入選している著名な彫刻家。Aは京大受験に失敗して、浪人中にノイローゼとなり、精神科に通院した。
 犯行前夜、Aは「僕が死んだらどうなるやろ。墓参りしてくれるか」と家族に言ったところ、姉に「勝手に死んだら」と言われ、それに腹をたてての犯行。



82年8月27日 茅ヶ崎市・母親の登校拒否の息子殺害事件

 午後、神奈川県茅ヶ崎市の消防士の妻A子(当時43歳)が、登校拒否の中学1年の長男を絞殺。
 長男が「学校へ行くと友達にいじめられる」と不登校がちとなったのは6月頃から。持病の心臓病の治療もあって、一時入院させていたが、退院後も「学校へ行くぐらいなら家を出る」と泣き喚き、家の物を投げるなどしていた。
 この日は二学期を目前に控えていたが、A子の説得にも長男の考えは変わらず、悲観したA子は紐を手に取り、「一緒に死のうね」と絞め殺した。



82年9月29日 三鷹・高3の兄刺殺事件

 東京・三鷹市の高校3年・Aは、兄に不登校を注意されたことに腹をたて、兄の首をベルトで絞め、さらに包丁でメッタ刺しにして殺害。兄の預金をおろして、半年間逃亡した。



83年1月24日 港区・母親の小6長男殺害、自殺事件

 未明、東京・港区の無職A子(46歳)が、自宅2階の6畳間で小学6年の長男(12歳)を帯紐で絞殺し、自身も自殺するという事件が起こった。

 A子は3年前に夫をなくしてから、長男に期待し、有名私立中学へと進学を勧めていた。だが長男は「友達と別れたくない」と地元の公立中学を希望して、A子がいくら説得しても納得しなかった。
 日頃から自身の病気で「夫のところへいきたい」ともらしていたA子は、息子に裏切られたという思いを持ち、この日長女(当時20歳)が寝込むのを待って長男を殺害。その足で自宅近くのマンションの5階踊り場から飛び降り自殺した。



84年12月10日 広島・高3女子の中2少女殺害事件

 広島県三原市小泉町の通称白滝山ふもとで、市内の高3・A子(当時18歳)が近所の中2・M子さん(13歳)の首を電気コードで絞め殺害。

 A子は近所に住むM子さんを妹の様にかわいがっていたが、進路に悩み始めた春頃からきつくあたるようになった。夏休み中には「ピアノの音がうるさい」とM子さんに苦情を言い、2人の間に溝ができるようになった。
 事件当日の午後、A子は進路のことで母親と激しい口論となり、その後M子さんと2人で白滝山に出かけていたという。動機について、「M子さんがにくうて、たまらんかった。殺そう思った」と供述した。



84年12月25日 横浜・母親の2児殺傷事件

 午後10時半過ぎ、横浜市緑区の会社員の妻A子(当時33歳)は、自宅2階の寝室で幼稚園児の長女(6歳)を布紐で絞殺した。

 A子は2人の子どもを都内の学習塾に車で通わせるなど教育熱心であり、とりわけ長女の就学問題にはあれこれ悩んでいた。やがてノイローゼになり精神安定剤を常用するようになった。
 事件当日、ムスメの寝顔を見ているうちに「殺してしまおう」と思い、布紐で締め殺した。A子はさらに小学2年の長男(8歳)も同じように殺害しようとしたが、帰宅した夫に取り押さえられた。長男は病院に運ばれたが命に別状はなかった。



85年1月30日 埼玉・母親の小5娘殺害事件

 埼玉県北葛飾郡庄和町の自宅で、町立桜川小学校5年のE子ちゃん(11歳)が変死しているのが発見された。
 警察が母・K子(当時39歳)に事情を聞いていたところ、「学校でいじめられて、ぐったりしていた」と話していたが、娘の殺害を認めた。
 K子はE子ちゃんの成績が芳しくないのを悩んでおり、この日も反抗的な態度をとったため殺害したという。



85年3月9日 横浜・予備校生の母親殺害事件

 横浜市戸塚区の予備校生A(当時19歳)は、合格発表を前にしてノイローゼに陥っていた。この日の未明、Aは「明治天皇の指令だ」と意味不明なことを言いながら、母親(43歳)の部屋に押しかけ、頭部を置石で殴って殺害。また妹(当時17歳)も包丁で刺して大怪我を負わせた。



88年7月8日 目黒・中2少年の家族3人殺害事件

 東京目黒区の建材会社役員(44歳)宅で、この家の中学2年の長男A(当時14歳)が両親と祖母を殺害するという事件が起こった。犯行の動機は日頃から「勉強しろ」と口うるさく言われていたことの鬱憤によるものだった。明石家さんまに憧れ、友人とファミコンして遊ぶどこにでもいるような中学生の起こした犯罪ということで社会に衝撃を与えた。詳細



89年5月12日 埼玉・母親の登校拒否娘殺害事件

 埼玉県川口市で、登校拒否になっていた高校2年生の娘を、母親が絞殺。



89年8月30日 前橋市・16歳の金属バット母親殺害事件

 夜9時半頃、群馬県前橋市で高校1年・A(当時16歳)が母親(38歳)を金属バットで殺害。

 Aは母親と二人暮らし。逮捕されたAは「今日は母親を殺す日だ。金属バットは前日に買った」、「小さい時からずっと、母親に勉強しなさいと言われ続けてきた。高校に入学したので、もう言われないだろうと思っていたら、相変わらず勉強しなさいといわれたので殺そうと思った」などと供述した。



90年3月27日 新潟・中2の学校放火事件

 新潟県両津市の中学2年・Aが、「学校に火をつければ試験もなくなる」と校舎に放火し、全焼させる。



90年8月25日 甲府・2浪生両親刺殺事件

 山梨県甲府市に住むA(当時19歳)は少年時代からスポーツが好きで、野球チームに所属していた。高校でも野球部に入るが、2年の時に怪我をして退部。3年の時には大学進学を希望して受験するが、すべて不合格だった。1浪して再び挑戦するが、またも全滅。両親は「どこの大学でもいい」と話していたが、Aの希望校はあくまで早稲田や慶応といった有名校だった。2浪目もAは予備校などに通わず自宅で勉強を続けていたという。

 90年8月24日、Aは「本ばかり読んでないで、たまには外で遊びなさい」と母親(47歳)注意され、言い争いになった。怒りがおさまらなかったAは翌日午前6時過ぎ、祖母が前庭の手入れで外に出たのを確認し、両親が寝ている2階に向かった。母親はアルバイトに行く長男を駅まで送って戻ったばかりだった。Aは刺されて1階の玄関まで逃げる両親を追いかけ、刃渡り30cmの短刀でメッタ刺しにして殺害した。まもなく逮捕され、警察の事情聴取に対し「幼少時から両親に嫌悪感を抱くようになった」と話した。

▽91年7月18日、甲府地裁は「犯行当時未成年だったが、反省の色がない」としてAに懲役12年の実刑判決を言い渡した。



92年12月6日 札幌市・15歳の両親殺害事件

 札幌市北区の自宅で、中学3年の次男A(当時15歳)が両親をナイフで刺殺。自身も首を切るなどして自殺を図り負傷した。

 この日、叔母を含めた4人でAの進路について話し合っていたが、別居していた両親が口論を始めたため、Aはいたたまれなくなり刺したという。Aは就職を希望していたが、進学に進路変更していた。



95年9月8日 松戸市・高2の母親殺害事件

 朝、千葉県松戸市西馬橋の会社員方で、県立高校2年の長男A(当時16歳)が母親(42歳)を刺殺。

 一家は両親と双子の息子の4人家族。父親は海外に単身赴任中でいなかった。
 Aは母親から「将来のことを考えて、もっと勉強しなさい」と言われたことで、カッとなり刺し殺したという。
 Aは1学期の成績が悪く、学校から夏休みの補習に出席するように言われていたが行かなかったため、この日母親は学校に呼び出されていた。



96年1月27日 練馬区・小6女児の連続放火事件

 東京・練馬区平和台の衣料品店「さくらんぼ 平和台店」内から出火、子供服12枚を焼いた。さらに25分後、500m離れたスーパー「ライフ 平和台店」でも3ヶ所から出火、毛布や子供服などを焼いた。
 
 光が丘署が目撃証言などから都内の小学校6年・A子(当時11歳)に事情を聞いていたところ、A子は「私がやりました」と犯行を認めた。動機について、「受験勉強が遅れて、勉強するのが楽しくなくなり、希望通りの学校にいけない」と話した。



99年10月8日 八王子・女子高生の教師刺傷事件

 東京・八王子市の私立女子高校で、1年生の生物の授業中、板書きをしていた男性の担当教諭(39歳)が、背後から近づいてきた女子生徒に右胸など3ヶ所を刺され重傷。
 刺したA子(当時15歳)は午前10時ごろに登校して、同教諭から「なぜ遅刻したんだ」と注意を受けていた。「学校生活がうまくいかず、辞めたかった」と供述した。

 同校は中高一貫校。A子は中学時代は成績優秀だったが、同じようなレベルの集まる同校に入学しては目立たない成績だった。そのため夏ごろから思い悩むようになっていたという。ノートには「人間を束縛するのは人間だ。今日は人間を処刑する日だ」と書かれていた。



02年9月8日 宇都宮市・高2の祖母殺害事件

 午前11時ごろ、栃木県宇都宮市の自宅で、高校2年A(当時16歳)が同居の祖母(75歳)を絞殺。
 動機について「いつも勉強しろと言われ、祖母を恨んでいた」と供述し、自室の壁一面には「死ね」「殺す」といったことが油性ペンで走り書きされていた。殺害については一ヶ月前から計画していたという。中学時代、友人に「もし自分が人を殺したりしたら、前からそんな子どもだったと漏らしてくれ」とも話していた。



06年6月20日 奈良・母子3人放火殺人事件

 早朝、奈良県田原本町の医師宅から出火、一家3人の遺体が発見された。この家には高校生の長男がいたが、行方がわからなくなっていた。22日、京都市内でAは発見され、放火を認めた。詳細

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