理容店「ホープ」店主殺害事件




【事件概要】

 1960年3月3日夜、千住署員が東京・台東区の墨田公園に抜ける通りで、不審な包みを持つ男に職務質問した。包みの中をあらためると、悪臭を放つ血染めの衣類があった。この男は、理容店「ホープ」の従業員K(当時21歳)。店の主人・石井金蔵さん(34歳)を、夫人アイ(当時29歳)と殺害していた。


石井アイ
K



【包みの中は血染めの衣類】

 1960年3月3日午後11時頃、東京・台東区の言問橋の手前に、風呂敷包みを右手にさげた急ぎ足の男がおり、浅草分駐所の警官に職務質問された。
 男は包みの中身について「洋服生地です」と話していたが、突然包みを路上に置いて逃げ出した。しかし、すぐに捕らえられている。

 包みの中身は男の言うとおり、ボロ切れだったのだが、妙な悪臭を放っている。竜千寺町の外科病院で見てもらうと、この浴衣に付着しているのは人毛であるらしいことがわかった。

 男は理髪店「ホープ」の従業員・K(当時21歳)と名乗っており、このボロ切れについてこう説明した。
「茶色の大きな犬が勝手口から入ってきたので殺したが、飼い主がいてまずい。ボロ切れに包んで床下に放りこんでおいたが、臭くなりだしたので始末しようと思った」
 Kは犬の死体を裏の墓地入り口に埋めたというが、その場所を掘っても何も出てこなかった。

 警察は「ホープ」の夫人である石井アイ(当時29歳)を起こして事情を尋ねたところ、次のように答えた。
「去年の4月頃、Kが犬を殺した。荒川に捨てたはずだが、墓地に埋めたと嘘をついて、お巡りさんにお手数かけ申し訳ない。この前、一緒に捨てればよかったのに、死骸を包んだボロをそのままにしておいたのが、最近においだしたので、何処かに捨ててきて欲しいと頼んだ」

 「ホープ」については、ある噂があった。主人であった石井金蔵さん(34歳)が1年前に情婦と大阪に駆け落ちした、というものである。またその後に、アイが雇人と親しい仲になっているという噂もあった。このことから、アイが主人を殺害したのではないかという見方が生まれた。

 ある鑑識係出身の部長刑事は、包みの中にあった浴衣、メリヤスシャツ、猿股に黒褐色の汚物が付着していることを確認し、またこの悪臭を人間の死体の腐敗臭であると確信した。


【主人か犬か】

 千住署で取り調べを受けたKは、あくまで犬の死骸であると言い張った。また金蔵さんのことについても、噂の通りだと認め、話した。
「旦那は去年の4月初めごろ、大阪へ行った。相手の女は理容学校の同級生であるらしい。26、7歳の美人で、その人が現れてから旦那は奥さんに辛く当たり、2人の子どもをいじめるようになった」

 しかし、部長刑事が「君が下手に否認していると、君だけ処罰されて、アイは別の男と所帯を持つかもしれない。29歳の女盛りで独身を通すことは生理的に難しい」と諭したところ、Kは観念して自白を始めた。やはり2人で金蔵さんを殺害していたのである。

 前年の4月19日夜、夫婦と子どもたちが眠る6畳間で、Kは紐で金蔵さんの首を絞めた。金蔵さんは暴れたので、アイが体を押さえていた。遺体は床下に埋めておいたが、夏頃から臭いがきつくなった。
 この年の2月、アイに遺体をどこかへ処分するように言われたKは、定休日にアイが従業員と子どもを連れて出かけている間に遺体を掘り出し、手足を切断して荒川放水路に埋めた。さらに首と銅を切断し、裏の墓地へ生めたのだという。問題の包みの衣類は2度目に掘り出した時に剥ぎ取ったものだった。この供述に基づいて、3月4日アイも逮捕された。


【理容店ホープの秘密】

 石井金蔵さんは写真で見るかぎり、わりとハンサムな人である。地元の高等小学校を卒業後、製靴工場に勤め、52年に栃木で小学校の教員をしていたアイと見合いをし、翌年の3月に結婚した。ただこの結婚は両家の親類が反対していた。夫婦仲は良く、やがて「いつも一緒にいられるから」と2人で理容店を始めることにした。「ホープ」は55年9月に開業した。店名の通り、2人の生活は「希望」に満ち溢れたものだった。

 アイは浅草生まれだが、都立浅草高等実践女学校2年の時に疎開で栃木に移っている。疎開先で県立氏家高等女学校を卒業したアイは、4年間小学校の代用教員として勤務した。
 この頃、結婚を約束した男性がいた。しかし、彼には妻子があり、関係が学校にバレて転勤した。その後も男性との関係は続いたが、妻に騒がれ、退職をさせられていた。
 
 結婚してしばらくしたある日、その男性から手紙が届いた。「今度、上京するから会いたい」「手切れ金をもらいたい」という内容のものである。アイは正直に金蔵さんに男性とのことを話し、その男性が家に訪ねてきた時、金蔵さんに帰してもらった。
 だがこの一件の後、金蔵さんはショックを受けたのか、酒におぼれ、家をよくあけるようになった。やがてアイは2人の子を出産、しかし金蔵さんの心は遠く離れて帰ってくることはなかった。

 事件の共犯者であるKは岩手県の農家に生まれている。55年に新制中学を卒業後、盛岡市内の理容店で見習いをしており、18歳で上京、理容師試験に合格し、58年から「ホープ」に勤務していた。若いながら、理容師としての腕は金蔵さんより上だった。
 主人夫婦の冷めた仲は当然同居していたKも知っていた。ある日、店に美人の女性が訪ねてきて、金蔵とその女性は出かけ、夜になっても戻らなかった。その夜、アイの泣き声で目をさましたKは、アイの部屋に向かい、初めて関係を持った。
 それ以来、アイとKは隠れて関係を持つ様になったのだが、それも金蔵さんの知られ、アイに「出ていけ!」と怒鳴るようになった。

 事件の起こった夜、金蔵さんは泥酔して帰ってきた。
 アイは「これで絞め殺してよ」とKに紐を渡したが、Kは手を合わせて「勘弁してください」というばかりだった。しかし、「お前は私をだましたのね」とアイに睨まれてそう言われたKは、渋々犯行に関わった。
 アイは殺害後、偽装工作のため「大阪より」というニセ手紙を書き、自分宛てのもの以外に親類などにも送っていた。


【裁判】

 同年7月5日、東京地裁、アイに無期懲役(求刑死刑)、Kに懲役20年(求刑無期懲役)を言い渡す。アイは栃木刑務所に、Kは網走刑務所に服役した。


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≪参考文献≫

旺文社 「ドキュメント女たちの殺意」 丸川賀世子
新潮社 「日本のバラバラ殺人」 龍田恵子
清風書房 「死刑囚の記録 明治・大正・昭和・百年の犯罪史」 日本犯罪心理研究会・編
大洋図書 「日本震撼事件 戦後殺人ファイル100」 日高恒太朗
立花書房 「凶悪犯罪とその捜査 本部事件係検事覚え書」 村上久
宝島社 「別冊宝島 殺人百貨店 日本人はどういう理由で人を殺すのか?」 
東京法経学院出版 「明治・大正・昭和・平成 事件犯罪大事典」 事件・犯罪研究会・編
日本文芸社 「現代読本 波乱怪奇!人と事件百年史 1月創刊号」
ライブ出版 「悪女たちの昭和史」 松村喜彦


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