子どもの虐待事件



親に疎まれ、”しつけ”られ、八つあたりされて殺された子ども。
この子たちの人生とはなんだったのだろうか。
悲劇は果てしなく
――――


70年7月30日 千葉・3歳女児虐待死事件

 千葉県柏市の運転手A(27歳)方で、次女(3つ)がぐったりしているのに妻B子(28歳)が気づき、病院に運んだが栄養失調で死亡した。

 2人は「欲しくてできた子どもじゃない」と知的障害を持つ次女を嫌い、虐待を繰り返していた。頻繁に殴り、外出するときも次女をテレビの脚に縛り付けて置き去りにした。食事もろくに与えず、たまにパンと水を与えるだけだった。2人は用便もうまくできない腹をたてており、「食べさせる量を減らせば、便も少なくなると思った」と供述した。



73年2月19日 千葉・5歳女児虐待死事件

 この日、千葉県内の病院にすでに死亡していた女児Y子ちゃん(5つ)が救急車で運び込まれた。死因に疑問を抱いた病院側の知らせで警察が調べたところ、女児には全身に殴られたり、引っ掻かれた傷が6、70ヶ所あった。他にも両足5ヶ所には煙草の火が押しつけられた跡があり、頭部もブヨブヨになるほど骨が折れていた。
 警察の追及を受けた母親K子(当時22歳)は、「Y子が着衣のままそそうをしたことにカッとなってやった」と供述した。

 K子は前年に電気工の男性と結婚したが、2ヶ月ほどして他家に預けておいた先妻との間にできたY子ちゃんを連れて来た。その後、K子は夫とのあいだに女児を出産したが、この頃からY子ちゃんにせっかんを加えるようになった。



73年6月22日 名古屋・託児所殺人

 午後11時過ぎ、名古屋市中村区の託児所で、経営者のA子(当時31歳)が預かっていた子ども(2歳)を殴り殺した。殺害されたのは、近所に住む女性(当時21歳)の長女で、畳の上に裸のまま仰向けに死んでいた。A子は泥酔しており、「はしかでぐずるためカッとしてやった」と供述。

参考文献:誠信書房 「子殺し その精神病理」 稲村博



73年8月30日 鹿児島・3歳児せっかん死事件

 鹿児島県で、大工(当時34歳)の妻A子は、次男Xちゃん(3歳)が保育所に行くのを嫌がってぐずったため、せっかんを加え、木に縛り付けた。その30分後、長女(当時8歳)がぐったりしているXちゃんを見つけ、病院に運ばれたがすでに窒息死していた。
 Xちゃんは手足をねんねこの紐で結ばれ、さらに体を藁縄で二重に木に巻きつけられていた。縄を取ろうとしてもがくうちに、体がずり下がって首が締まったらしい。

参考文献:誠信書房 「子殺し その精神病理」 稲村博



75年5月8日 世田谷・身障児餓死事件

 世田谷区の三井銀行府中支店H支店長(当時42歳)が、妻の出産留守中、身体障害を持つ次女(3つ)を餓死させたとして逮捕される。

▽76年1月、東京地裁で懲役3年執行猶予5年の判決。この後、Hは自殺した。



77年7月10日 川崎・29歳父親のせっかん死事件

 夕方、神奈川県川崎市川崎区の大工K(当時29歳)は、妻(当時31歳)がバーに勤めに出た後、三男(1歳10か月)が泣きやまないのに腹をたて、三男の顔を殴ったところ、倒れて仏壇の角に頭をぶつけぐったりとしたが、そのままベッドに寝かせた。三男は午後8時過ぎになって症状が悪化し、脳内出血でまもなく死亡。Kは翌日傷害致死容疑で逮捕された。



80年1月6日 茨城・父親の5歳娘虐待死事件

 茨城県那珂郡東海村の大工I(当時31歳)が、長女Y子ちゃん(5つ)を死亡され逮捕される。
 6日朝、IはY子ちゃんがおねしょして、濡れた下着を片付けようとしないことに腹をたて、背中に魔法瓶の熱湯をかけた。7日朝、Y子ちゃんはまたもおねしょしたため、庭に出して裸にし、真冬にビニールホースで冷水を浴びせた。そのまま5時間半ほど立たせっぱなしにして、夕方に家に入れたが8日朝、Y子ちゃんは死亡した。



81年8月30日 尼崎・小3の腐敗水混入事件

 兵庫県尼崎市の小学3年・A子が、母親のせっかんに耐えかねて、食事などに腐敗した水を混入。母親は重体、兄と母親の知人の母子が中毒に陥る。

 A子は「盗癖を直すため」という理由で母親に突き倒されたり、ロウソクをたらされたりするなどのせっかんを受けていた。腕は骨折したまま放置されており、右手の甲は化膿していた。



84年4月17日 千葉・乳児餓死事件

 千葉県市川市の若い母親が、2歳と5ヶ月の子どもを自宅に放置して遊び歩く。5ヶ月の乳児が餓死した。



84年11月20日 東京・父親の子ども殺害事件

 東京・小平市で、父親が泣き出した子ども(11ヶ月)を畳に叩きつけて殺す。日頃から自分になつかないと思っていたという。



84年12月18日 岩手・小1女児虐待死事件

 岩手県金ヶ崎で、3人の子どもを持つホステスの母親が、小学1年の長女を5年前に蒸発した夫に似ているので憎らしいとつらく当たり、せっかんして殺害。



84年12月22日 世田谷・2歳女児せっかん死事件

 東京・世田谷区で、母親が前夫とのあいだにできた長女(2歳)を内縁の夫と一緒にせっかんして殺害する。体中あざだらけだった。



86年1月3日 長崎・父親の3歳児虐待死事件

 午後3時半頃、長崎市城山町の無職I(当時33歳)が、子ども部屋の布団が濡れているのを見つけ、長男M君(3つ)に「小便かけただろう」と詰問したが、M君は何度も否定したため、20回殴る蹴るの暴行を加え、頭から冷水をかけて死亡させる。



86年6月5日 葛飾・無認可保育所乳児死亡事件

 東京・葛飾区の無認可夜間保育所で、所長の夫が酔って泣き声がうるさいと乳児を暴行し、死亡させる。



86年9月5日 横浜・後妻の7歳長女虐待死事件

 午後4時15分頃、横浜市緑区の会社員(当時35歳)方の浴室で、小学2年の長女(7歳)がぐったりしているのを長男(当時10歳)が見つけ、騒ぎを聞いた近所の人が119番通報した。長女は病院に運ばれたが、風呂の水を飲んでおり、夜に死亡した。
 会社員の妻A子(当時36歳)の犯行で、夕食のソバを長女がいたずらしていたのを注意したところ、誤らないため顔を沸いた風呂の湯の中に2、30秒間つけ、放置していた。A子は前年6月からうつ病で通院、このところも精神的に不安定だった。なお長女は会社員の先妻の子どもである。



87年5月4日 名古屋・小1少女せっかん死

 名古屋市の小学1年生の少女が、「勉強の覚えが悪い」という理由で、父親からせっかんを受け死亡。



87年12月20日 千葉・3歳娘せっかん死事件

 この日、二女(3歳)を折檻死させたとして、千葉県沼南町の大工A(当時33歳)が傷害致死容疑で逮捕された。Aは19日の昼ごろ、自宅居間で二女が粗相したためカッとなり、後頭部を数回殴った。二女は午後4時半ごろに突然嘔吐して意識不明となり、翌朝死亡した。
 Aは前年9月に妻と別居しており、Aが長女(当時8歳)と二女を引き取って、長男(当時6歳)は妻が引き取っていた。Aは「育児と仕事の疲れでつい殴ってしまった」と供述。



88年3月26日 千葉・1歳長女殺害事件

 午後9時50分ごろ、家族からの通報により千葉県警船橋東署員が市内の会社員A(当時28歳)方に駆けつけたところ、アパートの玄関内で長女(1歳)が頭から血を流してうつぶせになって死んでおり、奥の部屋でAが呆然と立っているのを発見した。
 Aはノイローゼ気味で、「仕事がうまくいかない」と述べた。長女の体を玄関のドアに打ちつけて殺したもの。



88年5月20日 練馬区・母親の長女殺害事件

 東京・練馬区の主婦A子(当時31歳)が、自宅で長女(4ヶ月)の顔にガーゼをかぶせて殺害する。夫は外出中で、自分で110番通報した。「子どもの夜泣きが激しく、自分の眠れなくなった」と供述。



88年7月18日 巣鴨・置き去り事件

 東京・豊島区西巣鴨のマンションで、母親が出ていき、子ども3人だけで生活していたことがわかる。まもなく愛人宅にいた母親A子(当時40歳)が逮捕される。子ども達はそれぞれ父親が違い、また次男はすでに死亡していたが、届け出ず隠していたことが判明。さらに母親不在時の4月に、長男(当時14歳)とその友人(当時12歳)が三女(2歳)をせっかんして殺害していたことがわかった。詳細



89年12月28日 栃木・赤ちゃん死亡事件

 栃木県大田原市の主婦が、泣き止まない長女(2ヶ月)の口の中にハンカチを詰め、押入れに入れたまま寝込む。赤ちゃんは窒息死。



90年2月25日 埼玉・幼女白骨死体事件

 埼玉県比企郡の民家の庭で幼女の白骨死体が発見される。同家の祖母が「85年12月3日、三女(4歳)が言うことをきかないのでせっかんしたら翌日死亡したので埋めた」と自供。



96年1月30日 愛知・2歳女児せっかん死事件

 愛知県稲沢市の主婦A子(当時25歳)が、25日から29日にかけて次女(2つ)の頭や顔を殴るなどのせっかん。次女は29日にぐったりして翌日死亡した。A子は3月に傷害致死容疑で逮捕された。
 A子は前年、長女(事件当時5つ)を連れて夫(事件当時27歳)と再婚。次女は夫の連れ子で、4人暮らしだった。だが次女が自分になつかず、言うことを聞かないので手を出したという。

▽7月3日、名古屋地裁一宮支部、裁判長は「目に余るとはいえ、幼児に強度の暴行を加え、死に至らしめたもので、残酷で結果も重大」としながらも、「心神耗弱の状態にあった」としてA子に懲役3年・執行猶予4年を言い渡した。



96年5月13日 千葉・4歳児虐待死事件

 母親と同居していた男に殴られ、意識不明の重体に陥っていた千葉県野田市の女児(4つ)が、この日入院先の病院で死亡した。
 女児は4月30日早朝、同居の男A(当時23歳)に殴られ、全身打撲を負っていた。男は傷害の容疑で逮捕されており、「子どもがなついてくれなかった。(女児の)母親も一緒に殴っていた」という供述から、母親(当時25歳)も傷害致死の容疑でで逮捕された。ははおやは「しつけのために殴った。虐待の意思はなかった」と供述。



95年11月 青森・母親の1歳二男殺害事件

 青森県五所川原市の無職A子(当時40歳)が、泣き止まない二男(1つ)の首を絞め殺害。

▽97年9日、仙台高裁、殺人ではなく傷害致死罪に変更し、懲役3年・執行猶予3年を言い渡し、刑が確定した。

 A子は中学2年生の三女に虐待を加えたとして、06年2月にも傷害の現行犯で逮捕されている。実刑を受けた後も日常的に虐待を繰り返していた可能性が高い。



96年5月27日 千葉・3歳児虐待死事件

 夜、千葉県旭市の病院に、27、8歳の男女が、「様子がおかしいので診て欲しい」と3歳ぐらいの女児を運び込んだ。女児の手足には痣があり、医師が事情を聞こうとすると、男女の姿はすでに消えていた。
 女児は6月6日に病院で死亡。死因は頭部打撲による脳障害だった。10日、旭署は出頭してきた旭市内の無職男(当時28歳)を傷害致死容疑で逮捕。女児は同居していた女性(当時28歳)の3歳の子どもで、「注意しようとして、強く殴った」と供述。病院に届けた後、県外に逃げていたという。



96年11月2日 愛知・3歳児虐待死事件

 愛知県額田郡幸田町の民家で母親から暴行を受けた長女(3つ)が死亡した。左頬が腫れあがっており、死因は脳挫傷とくも膜下出血とわかった、
 傷害致死容疑で逮捕された母親の供述によると、パンをひとくち食べただけでゴミ箱に捨てたのに腹をたて、頭から畳に落とすなどのせっかんを加えた。



96年12月7日 横浜・3歳児虐待死事件
 
 横浜市の無職男(当時26歳)は、数日前の夜、長男(3つ)が泣き止まないため、顔から足下にかけ、数十ヶ所を殴ったり、タバコの火を押し付けるなどし、長男は7日に死亡した。二次性の外傷性ショック死とわかった。
 男は「自分は小さい頃から体が弱くていじめられてきた。長男の夜泣きが連日で、強く鍛えて育てようと思い、殴ってきた」などと供述。



97年3月10日 横浜・1歳児虐待死事件

 この日、横浜市の大岡川に、1歳から2歳ぐらいの男児の死体が浮かんでいるのが発見された。死因は頭蓋骨内出血で、ほぼ全身が焼かれていた。
 26日夜、市内の無職男(当時33歳)を殺人、死体遺棄容疑で逮捕。殺害された男児は同居していた女性(当時21歳)の連れ子(1歳7ヶ月)で、前年11月頃から女性と結婚しようとしたが、両親に子どもがいるとは言えず、邪魔になった。2月22日に自宅で男児の頭を握りこぶしで殴ったり、体を投げ上げて床に落としたり、蹴ったりして殺害した」と供述。

▽9月、横浜地裁で懲役6年6ヶ月の判決。



97年6月4日 名古屋・病気の娘放置死事件

 体調を崩し学校を休んでいた小学6年の次女(11歳)を医者に連れていかず、不衛生な状態で放置して死亡させたとして、名古屋市の主婦A子(当時54歳)が保護責任者遺棄致死の容疑で逮捕された(のちに夫婦とも起訴)。
 A子は学校関係者や警官からたびたび「医者に診せるように」と言われていたが、「子どもがいやがった。金もなかった」と医者に連れていなかった。家の中はかなり不潔な状態で、女児の死因は栄養障害と敗血症の合併症状と見られた。



97年9月22日 栃木・5歳男児虐待死事件

 栃木県足利市で男児(5つ)を1時間にわたり、布団で巻いて殴ったり、蹴ったりするなどの虐待をしたとして男児の母親(当時29歳)と無職A(当時30歳)が逮捕された。2人は自宅マンションで「言うことを聞かない」「いたずらをする」などの理由で、暴行を加えた。
 母親は未婚の母で、7月頃まで群馬県内のキャバレーに勤務しており、そこで同僚であったAの妻(当時29歳)と親しくなり同居を始めた。Aには2人の子どもがおり、計6人で暮らしていたという。
 脳内出血で意識不明の状態が続いていた男児は10月1日に急性硬膜下出血のため死亡している。



97年11月20日 釧路・母親の3歳児虐待死事件

 北海道釧路市の主婦A子(26歳)が、次男(3つ)を柱に打ちつけるなどして死なせたとして逮捕された。次男の体には痣などの傷跡が多数見つかったという。
 A子は三度目の結婚で、今の夫とも同居はしていたが協議離婚している。当時、二番目の夫との間に生まれた長男(当時4つ)と次男、今の夫との長女(9ヶ月)がいた。20日夕方、自宅で遊んでいた次男が遊んでいたおもちゃを片付けないのに腹をたて、暴行を加えたのだという。「幼児3人の育児に疲れきっていた」と供述。

 

00年10月16日 愛知・両親の小5長男せっかん死事件

 夜、愛知県警豊田署は、小5の長男(11歳)が言う事を聞かないと、約41時間にわたって食事も与えず自宅ベランダで全裸で縛り付けて死亡させた同県藤岡町(現・豊田市)の会社員U(当時40歳)と、その妻S子(当時31歳)を逮捕した。
 長男のT君は、「死ね」「殺す」といった言葉をよく使い、包丁を持ち出すなどの行動をくり返し、児童向けの医療施設で「行為障害」と診断されていた。両親は入院治療を希望していた矢先だった。

▽03年1月20日、名古屋地裁岡崎支部はS子に懲役2年6ヶ月(求刑同5年)を言い渡す。また事件はS子の単独犯行として起訴されたものの、裁判長は知人の女性の関わりを指摘。S子はパート先の女性A子に相談。A子はしつけについて指示し、せっかんに直接加わっていた。



00年12月11日 愛知・3歳児段ボール箱内餓死事件

 午前0時ごろ、愛知県武豊町の会社員(当時21歳)が、半田署に「長女が部屋で死んでいる」と届けた。
 亡くなっていた長女X子ちゃん(3つ)は司法解剖した結果、死因は餓死とわかり、同日夜にAと妻B子(当時21歳)が保護責任者遺棄の容疑で逮捕された。

 一家は夫妻とX子ちゃん、長男(1つ)の4人暮らしだった。2人は長男が産まれた99年6月ごろから長女の面倒を見なくなった。同年7月の1歳半検診ではX子ちゃんは極端に痩せていて歩けなかったが、そのことについてB子は「普段はしっかり歩ける」と主張していた。
 00年8月、病院が「極度の栄養失調状態」と診断し、入院をすすめたが夫妻はなぜかこれを断っている。そしてX子ちゃんが疎ましくなり、11月頃から3畳間にとじこめ、さらに段ボールに入れて蓋をして放置、箱から出ようとすると殴った。
 死の直前、X子ちゃんは箱から出ようとしなくなり、食事も口にしなくなったという。3歳児の平均体重は12〜15kgだが、死亡時のX子ちゃんの体重はわずか5kgだった。

 虐待が暴力だけでなく、ネグレクト(育児の怠慢や放棄)というかたちもあることを世に知らしめた事件だった。



3月2日 小牧市・兄姉らによる6女せっかん死事件

 午前10時ごろ、愛知県小牧市の主婦A子(当時37歳)が母親に付添われて小牧署に出頭、「昨年夏に死んだ六女の遺体を、クーラーボックスに入れてベランダに放置している」と打ち明けた。
 署員が自宅を調べたところ、供述どおり、粘着テープで目張りしたクーラーボックスから六女(2つ)の遺体を発見した。
 供述によると、昨年6月にA子が趣味のパチンコから深夜帰ってくると、弱った六女が台所の布団の上に横たわっていたが、そのうちに死んでしまったという。

 一家はトラック運転手の夫(当時45歳)、子どもは20歳の長女を筆頭に4男7女いる。長女と長男はすでに独立しており、夫は社員寮1階で、子どもとA子は2階で生活していた。夫は六女がいなくなったことについて、「施設に預けた」という嘘を信じて疑わなかった。

 六女は生後8ヶ月の時から1年間養護施設に入れられていて、家庭に戻ってきたが、施設の保育士を母親と思いこんで、「お母さんのところに帰りたい」とよく泣いたという。四男と五女も同様に施設での生活が長かった。
 また六女は兄や姉たちになじめず、日常的にいじめや暴行を受けていた。事件当日も2人の兄から突き倒され、動かなくなったという。子どもたちは母親が普段から子どもを叩いたりしているのを目にしており、兄姉らは「家族のルールを守らなかったので殴ったりした」と供述した。

▽A子と死体処理を手伝った次男(当時14歳)を死体遺棄容疑で起訴。
▽01年6月20日、名古屋地裁、A子に懲役2年、執行猶予3年の判決。



01年6月3日 島根・父親の8歳娘せっかん死事件

 午後2時ごろ、島根県津和町直地の農業N(当時55歳)が、小学3年の二女Y子ちゃん(8歳)の上半身を麻のロープで縛り、自宅庭のヒノキの枝に吊るした。
 2時間後、吊るされていたY子ちゃんがぐったりしていたので降ろしてみると、脱水症状を起こしており、病院に連れて行ったが、深夜になって死亡した。病院はY子ちゃんの体にロープ跡があったことを警察に通報、Nは傷害致死の容疑で逮捕された。

 Nは普段からしつけに厳しく、腹をたてると石を投げつけたりすることがあった。動機について「Y子が家の仏壇に供えてあったドラ焼を無断で食べたので、しつけのためにやった」と供述。木から降ろされた時、Y子ちゃんは「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していたという。



04年1月6日 愛知・母親の6歳娘虐待死事件

 この日、愛知県豊川市の豊川市民病院から警察に「不審な傷がある女児が運ばれてきた」という通報があった。
 女児は胃の破裂により既に死亡しており、他にも両足に軽い内出血の跡、下腹部、太腿などに傷跡が10ヵ所、さらに右胸のあばら骨が1本折れて自然に治っていた跡があった。

 9日、愛知県警は市内に住む女児の母親・E子(当時31歳)を障害致死の疑いで逮捕する。
 E子は5日に子供4人と買い物に出かけたが、二女・J子ちゃん(6歳)が寝転び、「のどが乾いた」と訴えたことなどに腹をたて、帰宅後、「ちゃんと立ってからものを言え!」と腹を数回蹴りつけた。J子ちゃんがぐったりすると市民病院に運んできたという。

 E子は小学校1年の長男(当時7歳)を連れて、内装業の夫(当時31歳)と再婚。長女(当時7歳)とJ子ちゃんは夫と前妻の子どもだった。
 2人の間にはやがて二男が誕生。二男のちょっかいを出す子どもらが疎ましくなり、普段から虐待を繰り返していたという。事件後、E子は「02年に二男が生まれてから、他の子がかわいくなくなった」、「しつけのつもりが、麻痺してしまった」と供述している。

 2月、E子の母(53歳)が自殺。事件を気に病み、「娘の教育が悪かった」と自分を責める内容の遺書があった。

▽05年2月16日、名古屋地裁豊橋支部・富田守勝裁判長は「被害者の長女と二女は、慕っていた被告から虐待を受け続けた末、二女は幼い命を奪われる結果となった。被告の加害行為は悪質」としながらも、夫から育児の協力を得られなかったことなどの情状を酌量、求刑8年に対し、E子に懲役3年6ヶ月を言い渡した。



04年1月25日 岸和田市・両親の15歳長男殺人未遂事件

 この日、大阪府岸和田市のトラック運転手・K(当時40歳)と、内縁の妻・N子(当時38歳)が、1年半以上にわたって中学3年の長男A君(当時15歳)に食事を与えないなどの虐待を繰り返し、重度の脳機能障害を負わせたとして大阪府警捜査1課と岸和田署に逮捕された。A君は41kgだった体重が24kgにまで落ち、意識不明の重体。

 A君、次男(当時14歳)はKの前妻の子である。95年にKが前妻と離婚した時、2人の子どもはKの祖父母方に一旦預けられた。その後、Kが子連れのN子と再婚すると、2人の子どもを呼び戻し、5人での生活を始めた。そしてまもなく虐待が始まり、前年6月、次男は実母の元に避難した。

 2人は前年6月からA君に暴力をふるったり、食事を与えないなどの虐待を繰り返し、03年6月頃に自力で食事をとれないことを認識していたが、虐待発覚を恐れて、放置して死亡させようと共謀。自宅の一室に布団jのかわりに青いシートなどを敷いて放置していた。
 虐待を積極的に行なっていたのはN子の方だった。煙草の火を押しつけたり、水のはった浴槽に無理やり顔をつけるなどしていた。

 11月2日、KはA君が衰弱死したと誤解して救急車を呼んだ。この時、病院でN子は「拒食症だったことにしよう」と、Kや実子に持ちかけていた。実際、KはA君の中学校に「いじめにあい、拒食症になり、学校を休んでいる」と説明した。しかし、診断した医師により事件は発覚した。

▽04年2月、大阪家裁岸和田支部で、A君の親権をKから実母に変更する決定が出された。前年6月に次男が虐待に耐えかねて逃げ出して来た時、実母はA君の引き取りも申し出たが、Kに拒否されていた。
▽05年10月3日、大阪地裁・細井正弘裁判長は「治療を受けさせなければ死ぬと認識しながら放置して餓死寸前に追い込んだ」と確定的な殺意を認定、Kに懲役14年を言い渡した。
▽06年5月23日、Kの控訴審(大阪高裁)で、白井万久裁判長は「飢餓でやせ衰えていく被害者の様子を見ており、生命の危険を認識していなかったとはとても言えない」などと退け「人として抱くべき人間的感情を見いだすことができない残虐な犯行だ」は控訴を棄却。
 A君は簡単な会話ができるまでに回復したが、歩行や食事は1人ではできずリハビリを続けている。
▽07年3月26日、大阪地裁堺支部・細井正弘裁判長は「ミイラのような状態になるまで長男を放置しており、人間としての感情は見受けられない。長男が味わった絶望感や苦痛は想像を絶する」と述べ、N子に懲役14年(求刑同15年)を言い渡した。



04年8月2日 大阪・19歳男性餓死事件

 午前4時30分ごろ、大阪府阪南市のパート従業員・Y子(当時48歳)方から「息子(19歳)が部屋で目を半分開けたまま動かない」と119番通報があった。救急隊が駆け付けたが息子であるSさんはすでに死亡していた。泉南署が司法解剖した結果、死因は餓死で、身長182cmで体重は9歳男児平均並みの32kgにまでやせ細っていた。

 調べによると、Sさんは防水シートの敷かれた4畳半の部屋に半袖シャツと長ズボン姿であおむけになって死んでいた。Y子は「約3週間前から息子が食事を拒否して水やジュースしか飲まなくなり、最近では寝たきりになっていた」と説明し、病院へは「高い医療費がかかると思った」として連れて行かなかったという。
 Y子の月収は約7万〜10万円。消費者金融にも約150万円の借金があったらしく、母親も同僚からおにぎりをもらうなどしていた。だが生活保護は受けておらず、市や警察への相談はなかった。
 近所の人の話では、Y子はこの年の2月ごろ、隣接する泉南市から引っ越してきた。Sさんは親類がいる沖縄県内の定時制高校を3月に卒業して母親と2人暮らしを始めたが、仕事はしていなかった。

 まもなくSさんの死が、Y子と同居する無職N(当時42歳)の虐待からのものであることがわかる。4月から死の前まで、Nは”しつけ”と称してSさんの手足にたばこの火を押し当てたり、数日に1回しか食事を与えていなかった。母親であるY子はこうした虐待行為を加えているのを知りながら放置し、餓死させたのである。

▽06年10月12日、大阪地裁・堺支部・細井正弘裁判長は「同居人の男による虐待を放置する一方、自分は(別居中の)夫の家で食事をとるなど、母親の態度とは考えられない無慈悲で非道な犯行」として、Y子に懲役12年(求刑・懲役15年)を言い渡した。
▽07年8月31日、Y子の控訴審で、大阪高裁・陶山博生裁判長は「医師の治療を受けさせたとしても救命できたかどうかはわからない」として一審を破棄、判決を破棄し、懲役10年を言い渡した。



05年9月29日 彦根・両親の娘虐待死事件

 滋賀県彦根市の市農林水産課職員T(当時33歳)が、同居の内縁の妻M子(当時25歳)とともに長女Y子ちゃん(4歳)を虐待を繰り返し、同月17日、壁にY子ちゃんの頭を打ち付けるなどの暴行をして、Y子ちゃんは29日に長浜市の病院で脳ヘルニアにより死亡した。
「言うことを聞かず、嘘をつくので殴った」
 直後、Tはそう供述した。Tは2ヶ月ほど前から病気のため休養中で、9月初めからM子と同居を始めた。”しつけ”と称する虐待は8月下旬から日常的に行われていた。

▽06年5月30日、大津地裁・長井秀典裁判長は「力任せに殴るなど執拗(しつよう)で情け容赦ない冷酷な犯行。一定の反省はしているが、刑事責任は重い」と、Tに懲役7年(求刑同10年)を言い渡す。
▽6月15日、大津地裁、M子には「守ってくれるはずの母親からも暴力を振るわれた被害者の苦痛や、わずか4歳で人生を終えなければならなかった無念さは察するに余りある。共犯者に責任を転嫁し、反省の情に乏しい」と懲役4年(同5年)を言い渡す。



05年12月30日 江東区・父親の4歳娘虐待死事件

 午後6時半ごろ、東京都江東区北砂の自宅で、無職M(当時30歳)が、一人で留守番をしていた長女(4歳)が冷蔵庫の中のものを勝手に食べたのに腹をたて、両足をつかんで振り回し、頭部をタンスにぶつけて死亡させた。長女の遺体には、この傷以外にも古い傷跡がいくつも見られた。

▽06年5月10日、東京地裁・伊藤敏孝裁判長は「犯行は極めて危険であり、犯情は悪質である」と述べ、懲役7年(求刑同10年)を言い渡した。公判でMは「盗み食いのおしおきだった」と述べていたが、伊藤裁判長は「朝食や昼食を食べさせず留守番をさせて、盗み食いをとがめ立てすることはできない」と指摘した。



06年2月7日 群馬・3歳児虐待死事件

 午後8時頃、群馬県渋川市で、無職S(当時25歳)とその妻M子(当時28歳)、「目つきが気に入らない」と腹を立て、長男Hちゃん(3つ)を交互に金属製モップの柄で殴り、水風呂に正座させ、約2時間放置して死亡させた。

 夫妻は前年12月にHちゃんを児童養護施設から一時帰宅させていたが、まもなく「しつけ」と称して平手打ちなどをするようになり、暴行は日がたつにつれて激しくなっていた。

▽7月27日、前橋地裁・久我泰博裁判長は、Sに懲役7年、M子に同6年の実刑判決を言い渡す。



06年2月8日 香川・母親の3歳児放置死事件

 この日、香川県警高松北署は高松市の飲食店従業員の母親A子(当時25歳)を保護責任者遺棄容疑で逮捕した。A子は3歳の二男に数日間食べ物を与えず餓死させていており、「二男より長男の方がかわいかった」と供述した。
 同家はA子と祖母(当時48歳)と子ども2人の4人暮らし。二男は昨年末から保育園を休んでおり、7日午後、祖母が「孫が死んでいる」と警察に届けた。



06年7月5日 滋賀・両親の2歳児虐待死事件

 滋賀県高島市新旭町安井川、航空自衛官空士長・N(当時24歳)、その妻・C子(当時25歳)が、二女Y子ちゃん(2つ)を死亡させる。女児の全身にあざがあることを不審に思った搬送先の病院が通報した。 
 同家は夫婦と子ども3人の5人家族。他の子ども2人はC子の連れ子だった。Y子ちゃんはC子の育児不安からしばらく児童施設に入れられていたが、5月中旬に引き取った。虐待は6月から日常的に行われ、食事が遅いという理由で空気銃を撃つ、熱湯をかけるといった暴行を加えていた。施設の職員はたびたびこの家を訪問していたが留守がちだったという。近所の人はこうした虐待にうすうす気づいており、噂話などをしていたが、通報した人は誰もいなかった。

▽07年5月25日、大津地裁・長井秀典裁判長は「次女には多数の打撲傷や熱傷があり、見るも痛ましい状態。身勝手で短絡的な動機で、刑事責任は重い」として、2人に懲役7年(求刑懲役10年)を言い渡した。



06年7月28日 福島・3歳児虐待死事件

 この日、福島県泉崎村の無職S(当時40歳)、妻W子(当時33歳)が、三男Hちゃん(3つ)に食事をろくに与えないで死亡させたとして、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された。

 Hちゃんは05年頃からろくに食事を与えられず、また1歳6ヶ月検診を最後に、一度も医療機関へ連れていかなかった。
 一家は他に次女(当時8つ)、次男(当時6歳)の子どもがいるが、2人に対しても日常的に虐待を加えていた。夫妻は「食事は1日1回」と供述しており、空腹の次女、次男はドッグフードを食べていたという。両親逮捕時には2人はともに異常に痩せて衰弱しており、児童相談所に保護された。
 ちなみに長女は96年に生後3ヶ月で乳幼児突然死症候群(SIDS)で死亡。99年にはSが当時2歳6ヶ月だった長男に暴行を加えたとして傷害容疑で逮捕され、Hは長男の親権を喪失、血縁者に預けられた。この事件後、東京・稲城市から福島に移ってきたのだが、児童相談所ではSの虐待歴を把握していた。次男、次女が小学校に入学すると、虐待の疑いがあるこの一家に関する相談会などが開かれたりしたが、Hちゃんの死までどうすることもできなかった。

▽12月15日、福島地裁・大沢広裁判長は「子供を支配して、いたぶった。正に虐待と言うほかない」と、Sに求刑通り懲役10年を言い渡した。



06年9月23日 札幌・姉妹段ボール詰め事件

 夜、札幌市のホテルの女が現れ、「同居の男が子どもを殺して捨てた」などと通報した。
 女はホテルのすぐ近くに住むN子(当時24歳)。4つと3つの2人の娘は、同居していた無職I(当時29歳)に殴られ死亡しており、2人は遺体を粘着テープで縛り、段ボールに入れて自宅に放置していた。N子は「Iが怖くて、なかなか通報できなかった」としていたが、Iと同じく死体遺棄で逮捕された。

 Iには妻がいたが、結婚前の同居直後から妻に暴力を振るうようになった。暴力は05年冬に生まれた実子にも及び、硬膜下血腫で意識不明の重体に陥ったこともあった。こうしたことから妻と別居するようになったIは、8月上旬に同居し始めたN子とその娘たちにも暴力を振るいはじめた。2人は暴行後、危篤状態に陥った長女を放置して、飼い犬を動物病院に診せに行っていた。



06年10月22日 京都・3歳児餓死事件

 午前10児55分ごろ、京都府長岡京市西の京の運送業S(当時28歳)の内縁の妻T子容疑者(当時39歳)から「子どもがぐったりして動かない」と119番通報があった。
 救急隊員が駆けつけ、Sの長男・拓夢ちゃん(3つ)を病院に運んだが死亡が確認された。拓夢ちゃんは極度に痩せており、3歳児の標準体重の半分の7kgほどしかなかった。司法解剖の結果、死亡推定時刻は21日午後9時頃、胃の中はからっぽで死因は低栄養状態による餓死ということがわかり、他にも顔に殴られたような複数の痣があった。府警向日町署はSとT子を保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕した。

 Sは2年半前に拓夢ちゃんと長女(当時6つ)を連れ、T子と一緒に暮らし始めた。
 T子は、「姉は甘やかして育てたので、(拓夢ちゃんは)しつけを厳しくしようと思った」「おむつがとれず、9月中頃から、しつけのつもりで殴ったり、食事を抜いたりしていた」と供述、
実際、拓夢ちゃんの誕生日の9月1日からしつけを厳しくし、が排泄の意思表示ができないと食事を与えなかった。それ以来、食事をさせたのは2回だけだったという。Sの方は「T子に『死んでしまう』と注意したが、聞いてもらえなかった」としたが、彼自身が子どものために具体的に何かをするということはなかった。

 近所の人の話によると、05年夏に長女が自宅トイレの窓から手を出して「おなかがすいた。ご飯ちょうだい」と言っているのを何度か見た。06年夏には、拓夢ちゃんが「ママ起きて。おなかすいた」と言っている声が聞こえ、よく泣き声がしたという。
 府京都児童相談所には、こうした虐待を窺わせる情報が数件入っていたが、立ち入り調査、府警への情報伝達などは一切行っていなかったことが判明した。

▽07年1月26日、京都地裁・氷室真裁判長は「ほとんど食事を与えない異常な犯行で、しつけとは到底言えない。あまりに残酷で悪質だ」として、Sに懲役5年6月(求刑同7年)、T子に懲役6年(同8年)の実刑を言い渡した。



06年10月30日 苫小牧・母親の子供置き去り事件

 北海道苫小牧市の無職A子(当時20歳)は日頃から子供を疎ましく思い、この日子供2人にチャーハンを食べさせた後、置き去りにしたまま鍵をかけて市営住宅を出た。A子は交際相手のところに泊りこんでいたのだが、12月4日に自宅に戻ったところ三男(1歳)が餓死していた。「ママ、遅いよ」と駆け寄ってきた長男(当時4歳)は、生米や生ごみ、マヨネーズなどを食べて生き延びた。A子は家に戻る時、「2人とも死んでいる」と思っていたという。さらに三男の遺体を交際相手の家の物置に隠していた。

▽07年12月18日、札幌地裁室蘭支部・杉浦正樹裁判長は「幼い兄弟の飢えと苦痛は想像を絶する。 計画的で非情で残酷な犯行」と言い切り、A子に懲役15年(求刑同20年)を言い渡した。



07年1月3日 岡山・4歳児虐待死事件

 午後、岡山県倉敷市四十瀬の無職・M子(当時31歳)が、「次男がのどに何かを詰まらせてぐったりしている」と119番通報、幼稚園児の次男Kちゃん(4つ)は病院に運ばれたが、死亡した。救急隊員到着当時、Kちゃんは目立った外傷はなかったが、下着姿で全身が濡れ、心配停止状態だった。他にも口の中に七味唐辛子の粉がついており、多量の水を飲んでいたことがわかった。
 M子は「七味唐辛子を誤飲し、吐き出させるために多量の水を飲ませた」と話していた。

 同日、倉敷署はM子を暴行容疑で逮捕。12月17日午前4時ごろ、Kちゃんが冷蔵庫の肉を勝手に食べたことに腹を立て、顔を殴ったうえ、パジャマ姿のまま自宅アパートの外に1〜2時間放置した

 M子は02年4月、県中央児童相談所に育児不安を訴えている。そして04年年2月以降、近所の住民や警察、倉敷市から虐待通告が計6回あり、同月、長男(当時8歳)を岡山市内の児童養護施設に入所させた。次男の一時保護も05年2月までに計3回あった。そのたびに「M子の強い希望で」入所はさせず、Kちゃんは自宅に戻されていた。



07年3月20日 虐待事件の母親の自殺

 朝、虐待事件で公判中のS子(38歳)が大阪府能勢町の自宅ボイラー室で首吊り自殺。息子らに「ごめんね」などと書いた遺書があった。

 S子は前年8月から9月ごろ、中学生の息子の態度が気に食わないとして、夫とともに折り畳んだ脚立の上で、金属バットを足に挟んだ状態で長時間正座させるなどの暴行を加え、2週間のけがを負わせた。さらに8月末からは息子の首に鎖を巻いて柱にくくりつけていた。S子はすでに逮捕・起訴されており、保釈中だったが前日に懲役3年を求刑されていた



08年1月14日 宮城・父親の生後4ヶ月娘殺害事件

 宮城県石巻市の無職M(当時37歳)が、生後4ヶ月の二女が泣きやまないことに腹をたて、クッションに顔に押しつけて窒息死させる。



08年2月3日 高知・父親の連れ子虐待死事件

 高知県南国市の無職T(当時31歳)が、自宅で内縁の妻(当時31歳)の連れ子である小学5年のK君(11歳)両手で持ち上げ、畳に2回投げつける。K君はぐったりし、4日午前に右硬膜下血腫などとのため死亡した。Tは「自分に、はっきりしたことを言わないので腹が立った」と供述。Tの家では、Tの怒鳴り声や子供の謝る声がたびたび聞こえてくるという近所の人からの通報が児童相談所に入っていた。また前年4月には二男が家から追い出され、児童相談所が保護するということもあった。

Top