グリコ・森永事件



SIDE-A

【なぜ、まずグリコが狙われたのか】

 犯人が森永製菓に目をつけたのは、グリコ事件で製品に毒物を混入したとして脅迫することが有効だと証明されたからであると言える。では、なぜまず最初にグリコが狙われたのだろうか。社長誘拐はもちろん、放火事件などから、同社に対する怨恨の可能性が考えられる。そして、江崎家に男が襲撃した時、犯人は長女M子ちゃんを名指しで呼んでいる。家には他にも3歳下の二女がいるのに、この女の子をM子ちゃんと判っていたのは江崎家の内部事情に詳しい者ではないかと見られた。その後のハウス、森永脅迫と比べても、グリコは特に犯人側がよく知っている印象が強い。

 江崎グリコは江崎勝久氏の祖父である利一氏が、1922年(大正11年)に創業した。
 利一氏は故郷・佐賀県でとれるカキのグリコーゲンに目をつけ、これをアメのなかに混ぜた栄養菓子を販売した。この商品に公衆販売機(現在の自動販売機)の導入や、玩具のおまけといったアイディアでヒット商品となった。
 戦後、グリコ協同乳業、江崎グリコ栄食など、20社を傘下に抱える大企業となったが、利一氏が一代で築いたものと言っていい。

 利一氏の長男は1947年に死亡、彼の長男である勝久氏が利一氏に後継者として指名された。
 勝久氏は神戸大学経営学部卒業後、松下電器産業に入社。66年に江崎グリコに入り、73年に副社長、1982年に利一氏の片腕だった大久保武夫氏の後を継いで社長に就任した。勝久氏の他の3人の姉弟がいずれも関連会社の重役、その妻という同族会社である。
 勝久氏は水防倉庫から脱出して保護された後、あまり多くを語らなかった。それが裏取引があったのではという憶測を呼んだ。そして「グリコゆるしたる」宣言の2日前に新聞に掲載された新聞広告も裏取引に応じるものと思えなくもない。


 事件の伏線となるようなことは、ないことはなかった。
▽1978年8月、「黄巾族」と名乗るグループから、脅迫状や脅迫電話があった。

▽それ以前には工場の廃液を川にたれ流したとして、住民運動が起こったこともあった。

▽1978年(昭和53年)に江崎グリコに1本のテープが送られてきた。それは捜査関係者のあいだで「53年テープ」と呼ばれるものである。テープは初老の男性の声で、「ある過激派がグリコから3億円を脅し取ろうとしている。自分が間に立って金額をまけるように働きかけてやるから、いくらかよこせ」というような内容だった。
 水防倉庫から脱出した江崎社長が着せられていたオーバーは、グリコが戦前に建てた全寮制の「グリコ青年学校」で生徒に配っていたものだった。しかも各地で色分けされたこのオーバーは、旧満州の奉天で支給されたものだった。当時としてはかなりの高級品で、簡単に捨てるようなことはないものである。
 戦後、大陸から引き揚げた生徒達は、グリコで冷遇され、恨んでいるものが多いという説もある。その年代の人間は事件当時は「初老」。「53年テープ」の声の主ともつながってくる。

▽グリコ栄養食品は、1982年4月に「グリコハム」と対等合併した際、「従業員の合理化(役員の更迭など)や取引先(納入業者など)の見直しをめぐって不協和音があった」という噂があった。


【犯人像】

 「地下にもぐった新左翼活動家とその家族」「警察OB」「マイノリティ団体」「暴力団」「仕手集団」・・・・・。この事件は特に様々な犯人像が浮かんでいる。
 いずれにせよ、かい人21面相は挑戦状の文面からは、したたかで、人を挑発することに長けている。時折、荒っぽい行動を見せるが、現金受け取りの時などはかなり慎重である。寝屋川アベック襲撃事件の時には、抵抗する元自衛官の男性を数発でおとなしくさせるなど、喧嘩慣れしたところもあった。

 犯人らしい人物が目撃された機会は数回あった。
 江崎社長を誘拐した3人、寝屋川でアベックを襲った3人、キツネ目の男、白いライトバンの男、防犯カメラに映った男。そして録音テープの若い女と子どももいる
 こうしたことから犯人は6〜7人と見られる。そしてその結束は固く、誰も口をすべらしたり、仲間割れしたりはしない。これほどまでに団結心を生み出すというのは、家族、あるいは人を連帯させる宗教的なものもイメージできる。

 また警察関係者、OBが事件に絡んでいる可能性が強い。それは挑戦状に捜査当局幹部の名前を挙げるなど内部に詳しいこともあるが、警察無線の空白区域である場所を現金授受に選ぶということがあったからだ。実際、捜査の後半では大量の不良警官が洗われている。

 犯行については西村京太郎氏の小説「華麗なる誘拐」を参考にした可能性が高いとも見られている。この小説はIQ150以上のグループが、喫茶店のシュガーポットの中に青酸カリを混入し無差別殺人したうえで、日本国民全員を人質にとり、首相に5千億円を要求したり、ビルから金をばら撒けと脅迫している。事件との共通点がありすぎるのである。またエド・マクベインの小説「警官(さつ)」(1980年)にも類似する箇所がある。

 ノンフィクションライター・礫川全次氏は挑戦状の文面から次のような分析をしている。
・生まれは1945〜1950年くらい。いわゆる団塊の世代。
・小学生の時にローマ字教育を受けた。
・テレビで「月光仮面」を楽しんだ。
・モラル意識はかなり保守的。
・七五三に言及しているため、7歳ほどの女の子がいる。
・人を訓練したり、管理したり、文書で人に指示を与えたりする職業、地位についたことがあるのではないか。


【犯人の目的】

 この事件は早い時期から怨恨の可能性が指摘されていた。しかし、グリコに恨みがあるならば、監禁中社長にもっと手荒に扱ったはずである。
 では金目当てだろうか。しかし、長期間あれだけのことをやっていたのに、結局犯人は金を手にしていない(裏取引がなければ、ということになるが)。挑戦状や現金受け取りなども、どこか余裕があり、とても「サラ金の借金で困っている」とか「失業中」といったイメージが想像しにくい。
 そうしたことから脅迫や誘拐による現金奪取計画は、あくまでパフォーマンスであり、本当の狙いは「株」だったという見方も強い。

 そのなかで、犯人達は「カラ売り」(※)をして利益をあげた可能性がある。グリコ株は、「グリコ製品に青酸が混入する」という脅迫状があった翌日の1984年5月11日に、600円から540円と値下がりを記録した。これが事件当時の最大の下げ幅だが、差額はわずか60円。宮崎学氏の試算では、1億円を投入しても、3000万円ほどの儲けにしかならないという。長丁場で、しかも数人がかりの犯罪のわりには儲けは少ないものとなる。

※カラ売り・・・・株を借りて売り払い、一定期間後にその株を買い戻す信用取引。その間に株価が下がっていれば、差額が儲けとなる。

 そういった方面で浮上したのは杉並区に本拠を持つ仕手集団「ビデオセラー」というビデオ販売会社。事件当時、森永株や不二家株を大量に買い占め、多額のもうけを得たとされた。しかし、同社のT社長は犯行終結宣言の2ヶ月後、1985年10月19日に事務所内で変死体となって見つかっている。


【犯人逮捕報道】

 1989年6月1日、毎日新聞夕刊に「グリコ事件で取り調べ 江崎社長の知人ら4人」という見出しが載った。
 それによると、4人組の主犯は江崎社長に恨みを持つ者で、犯行終結宣言後も、同社に捜査協力しないよう脅迫を続けていたという。社長が監禁されていた水防倉庫に残された遺留品と、主犯の指紋が一致したというのである。
 しかし、毎日新聞は6月10日に「行き過ぎ紙面を自戒」という記事を掲載した。誤報だったのである。

 さらに1997年7月、今度は産経新聞が「北工作員グループの犯行 捜査関係者が確信」という記事を掲載した。
 この記事では、兵庫県芦屋市の会社社長(87年死去)を中心に形成するグループがあり、その社長は「北朝鮮系非合法活動家の黒幕的存在」とされ、事件当時は北朝鮮に鉱山開発投資に失敗し、多額の資金を必要としていた。また金塊を要求した点についても、「北朝鮮で発掘したもの」に見せかけるためだったのではないかとしている。
 だがこの記事はこれっきりで、続報はなかった。


【便乗犯】

 この事件は大々的に報道されたため、商品に毒物を混入して企業を恐喝するという便乗犯が相次いだ。また1984年4月10日のグリコ本社・グリコ栄養食品放火の時に、警察無線に妨害電波を流した男も便乗犯だと言えるだろう。グリコ・森永事件を模倣した犯罪は444件、その206件は検挙されている。

 近年では、2000年に「かい人21面相の息子」を名乗り、永谷園を脅していた男(当時46歳)が逮捕されている。この時も一連の事件が最終時効を迎えた年であることから、事件を振りかえるニュースが多かった。


【人を殺さない犯罪】

 グリコ・森永事件は、人を殺さずに大金を奪取しようとするアイディアから、三億円事件と並んでよく紹介される。しかし、彼等は確かに人を直接的にはあまり傷つけなかったが、多くの人を精神的にひどく傷つけている。

 まず捜査の失態から自殺した滋賀県警本部長が最大の被害者だろう。本部長は退職後の就職先も決まっており、事件がなければ、何事もなく務めあげるはずだった。
 そして、ハウス事件の時に怪しいライトバンに職務質問した県警の巡査も、自身が自殺のきっかけを作ったと思い心を痛めたはずである。

 もちろん、犯人に直接脅された企業も甚大な被害を受けた。
 特にグリコである。家族団欒を過ごしている時に連れ去られ、ひどい扱いを受けた江崎社長。脱出した後も会社内部のことを面白おかしく書かれたり、あらぬ噂を立てられた。その後も、青酸で脅迫され、全国の工場の操業率を下げ、停止にもなった。その時には社員やパートが自宅待機となった。21面相の要求が、1人1人の生活を圧迫するようになったのである。
 森永製菓も 青酸ばらまきがされた時には、社員とその家族、OBが総出で小売店の巡回を始めた。それでも1984年の冬のボーナスは一律20%カットとなった。


【トピックス 「キツネ目の男 宮崎学」】

 キツネ目の男が目撃されたのは1984年6月28日と11月14日のことで、あの有名な似顔絵が公開されたのは半年後の1985年1月10日のことだった。この「キツネ目の男」にそっくりな男がいた。現在は作家の宮崎学氏である。

 宮崎氏は1945年に京都で生まれている。父親はヤクザ・寺村組組長で、母親も博徒の娘、自然とアウトローの人脈があった。早稲田大学法学部中退後は週刊誌記者、土建屋、地上げ屋などをする。24歳で結婚して3人の子どもをもうけたが、離婚。その後、妻の姓にするのに、再度結婚、離婚をしている。

 宮崎氏が疑われたのはその風貌以外にも、会社を倒産させ莫大な借金を抱えていたこと、1980年に企業恐喝で逮捕された前科があること、義兄がタクシーの払い下げ車両を所有していたこと、脅迫状に使われた便箋は京都市伏見区の文具屋「園城」の特製品であったが、彼がこの店の顧客だったことなどが挙げられた。
 またグリコに「53年テープ」が送付された1978年ごろ、宮崎氏はグリコの京都の工場で、労使紛争に関わっていた。これは従業員の配置転換に端を発する闘争で、宮崎氏は組合側を支援していた。ただ、これはあくまで支援で、深くは関わらず、「組合の人間とも会ったことはない」と著書で書いている。
 さらにその少し前、グリコ栄養食品の工場周辺で、工場が廃液を川に流したことから公害問題が起きた。これは宮崎宅から50mほどの川である。この時も住民運動には関わらなかったが、工場側に悪臭について怒鳴ったことも何回かあったらしい。
 そして滋賀県の名神高速栗東インター、監禁場所の水防倉庫、京都市百万遍のコピーセンターなど複数の事件現場に、仕事場や取引先があるなどして土地鑑があった。

 ここまで書くと、宮崎氏はかなり疑わしい人物に思われる。
 しかし、宮崎氏は当時東京で印刷関係の仕事をしており、6月28日には都内の音楽大学の労組会議に出席していた。完璧なアリバイである。宮崎氏はそうした当時のことを「突破者」に書き、作家デビューを果たしている。


リンク

2ちゃんねる→ちくり裏事情→「本当?グリコ・森永事件」
http://log-chan.hp.infoseek.co.jp/company01.html

宮崎学 zoro-me.com
http://www.miyazakimanabu.com/


参考文献

朝日新聞社 「週刊朝日 07年3月2日号」
朝日新聞社 「週刊朝日 07年3月9日特大号」
朝日新聞社 「週刊朝日 07年3月16日号」
朝日新聞社 「週刊朝日85周年記念増刊 週刊朝日が報じた昭和の大事件」
朝日新聞社 「メガロポリス犯罪地図」 朝倉喬司 
朝日出版社 「グリコ・森永事件 21世紀型犯罪を分析する」 小田晋
朝日新聞社 「グリコ・森永事件」 朝日新聞社大阪社会部
朝日新聞社 「昭和史の謎 檄文に秘められた真実」 保阪正康
朝日新聞社 「真犯人 グリコ・森永事件『最終報告』」 森下香枝 
岩波書店 「誤報 ―新聞報道の死角―」 後藤文康
学習研究社 「歴史群像シリーズ81 戦後事件史 あの時何が起きたのか」
角川書店 「毒殺」 上野正彦 
河出書房新社 「常識として知っておきたい昭和の重大事件」 歴史の謎を探る会・編
幻冬社 「グリコ・森永事件 最重要参考人M」 大谷昭宏・宮崎学
幻冬社 「突破者 戦後史の陰を懸けぬけた50年 下」 宮崎学
幻冬社 「自殺者 現代日本の118人」 若一光司
廣済堂出版 「20世紀の迷宮犯罪 真犯人・黒幕は誰だ!」 上村信太郎 
講談社 「昭和 二万日の全記録 第18巻 世界のなかの日本」
講談社 「戦後欲望史 転換の七、八〇年代篇」 赤塚行雄
講談社 「ビジュアル版・人間昭和史 昭和の事件簿」 扇谷正造監修
講談社 「歴史エンタテインメント 昭和戦後史 下 崩壊する経済大国」 古川隆久
徳間書店 「音の犯罪捜査官 声紋鑑定の事件簿」 鈴木松美
徳間書店 「突破者の痛快裏調書」 宮崎学
国書刊行会 「報道は真実か」 土屋道雄
三省堂 「大阪スペクタクル」 近藤勝重 
社会批評社 「腐蝕せる警察 警視庁元警視正の告白」 来栖三郎
秀英書房 「続 犯罪風土記」 朝倉喬司
白石書店 「マスコミ信仰の破たん 発表ジャーナリズムの落とし穴」 韮沢忠雄
小学館 「少女はなぜ逃げなかったか 続出する特異事件の心理学」 碓井真史
新人物往来社 「別冊歴史読本 戦後事件史データファイル」
新潮社 「週刊新潮 07年1月4・11日号」
新潮社 「消されかけたファイル」 麻生幾
新潮社 「闇に消えた怪人 グリコ・森永事件の真相」 一橋文哉
新潮社 「事件のカンヅメ」 村野薫
新風舎 「昭和史の闇<1960−80年代>現場検証 戦後事件ファイル22」 合田一道
新日本出版社 「警備公安警察の素顔」 大野達三
第三書館 「報道協定 日本マスコミの緩慢な自死」 丸山昇
宝島社 「別冊宝島 実録完全犯罪 暴かれたトリックと意外な『真犯人』」
宝島社 「別冊宝島 戦後未解決事件史 ―犯行の全貌と『真犯人X』―」
宝島社 「日本の『未解決事件』100」
宝島社 「迷宮入り! 昭和・平成 未解決事件のタブー」 別冊宝島編集部・編
筑摩書房 「犯罪百話 昭和篇」 小沢信男・編
データハウス 「21面相の手記」 かい人21面相
データハウス 「毒物犯罪カタログ」 国民自衛研究会
東京図書出版 「天命の陳情」 村岡伸冶
東京法経学院出版 「明治・大正・昭和・平成 事件犯罪大事典」 事件・犯罪研究会・編
東都書房 「企業恐喝犯逮捕す ふたたび刑事たちよ」 鈴木達也
東方出版 「大阪の20世紀」 産経新聞大阪本社社会部
同朋舎出版 「TRUE CRIME JAPAN 迷宮入り事件」 古瀬俊和
徳間書店 「音の犯罪捜査官 声紋鑑定の事件簿」 鈴木松美
日本経済新聞社 「ドキュメント危機管理 グリコ・森永事件の教訓」 日本経済新聞社・編
批評社 「戦後ニッポン犯罪史」 礎川全次
二見書房 「日本中を震えあがらせた恐怖の毒薬犯罪99の事件簿」 楠木誠一郎
二見書房 「衝撃犯罪と未解決事件の謎」 日本テレビ「スーパーテレビ情報最前線」・近藤昭二編著
ぶんか社 「警察庁広域重要指定事件完全ファイル」
文藝春秋 「週刊文春 05年8月11日・18日夏の特大号」
文藝春秋 「文藝春秋 2010年10月号」
平凡社 「『犯罪』の同時代史」 松本健一・高崎通浩
毎日新聞社 「サンデー毎日 84年10月28日号」
毎日新聞社 「シリーズ20世紀の記憶 かい人21面相の時代 山口百恵の経験 1976-1988」
毎日新聞社 「20世紀事件史 歴史の現場」 毎日新聞社・編
未来社 「犯罪と家族のあいだ」 山崎哲
ミリオン出版 「別冊ナックルズ 昭和三大事件」 
友人社 「一冊で昭和の重要100場面を見る」 友人社編 
洋泉社 「犯罪の向う側へ 80年代を代表する事件を読む」 朝倉喬司VS山崎哲
らむぷ舎 「同時代批評 14」 
「創意工夫 江崎グリコ70年史」 江崎グリコ株式会社 




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